32~41回、花栄=黄忠、李逵=張飛、李俊=孫堅

三国志と『水滸伝』が融合した話をつくる計画
という遊びをしています。『水滸伝』の駒田信二訳を見ながら、漢末・三国に比定していく作業をします。『漢末水滸伝』というタイトルを考えています。

ふと気づきましたが、176年(この物語の開始の翌年)、
閏5月、永昌太守の曹鸞が、上書した。「党人をゆるせ」と。霊帝は大怒した。すぐに司隷校尉益州に命じ、曹鸞を槐裡で獄死させた。ここにおいて、さらに州郡は、党人の関係者を禁錮した。門生、故吏、父子、 兄弟は、官位をやめた。禁錮は、党人の五屬まで及んだ。
とある。『通鑑』より。世相をあらわす事件として、これをはさむことで、場面転換に使うことができるなあ。
177年秋、霊帝は鴻都門学を設置する。

北宋徽宗による花石綱(石あつめ)と同じように、腐敗した王朝の事業として、話の転換につかうことができる。

 

黄忠劉備がであう

河東の商圏を追われた劉備は、北で顔見知りに再会するのを恐れて、南陽に流れる。南陽の属吏である黄忠南陽の人)を頼る。このころ荊州には賊の反乱がおおく、馬の販売先として、黄忠南陽の窓口を務めていた縁である。

水滸伝花栄が、理由は分からないが、宋江の知り合いとして登場する。駒田訳399ページ。
花栄が弓の名人ならば、黄忠を充てるのが、もっとも順当。水滸伝』では、花栄宋江との関係性をもつことで、官を追われる。黄忠も失職すればいい。のちに、ここに赴任してきた劉表に、再度、ひろってもらえばいい。
ちなみに『水滸伝』では、宋江と武松が分かれて、武松が二龍山に投ずるが(400ページ)、ムリやりなご都合主義の編纂結果なので、無視してよい。

劉備は、盗賊にであう。

水滸伝』32回では、燕順・王英・鄭天寿が登場する。「女好きの王英」が、物語の重要な旋律になる。王英にあてはめる人物を、おもしろおかしく決めなければ。

盗賊は、劉備の名声を聞いており、心服する。盗賊は、高官の妻をラチしており、慰みものにしようとするが、劉備に止められる。

この「高官」というのが、水滸伝』では劉高であり、この妻は宋江に救われたにも関わらず、宋江を陥れようとする。南陽郡あたりで贅沢している、わるそうな官僚を充てたい。
172年、南陽の新野のひとである曹節は、勃海王の劉悝がワイロをよこさなかったとして、劉悝を葬りさる。南陽は、曹節のホームであるから、曹節に悪さをさせてもいい。曹節の一族のものの妻、もしくは娘とか。
曹節は、一族のものを南陽の属吏の主要部分に据えて、郡政を撹乱していた、とか。

劉備は、女好きの盗賊(王英に該当)に、曹節の一族の女(以下「曹氏」とする)を我慢させる代わりに、いつか女を世話すると約束する。

水滸伝』のヒロインである扈三娘は、だれなんだ。

曹氏は、劉備のおかげで、ぶじに帰れた(ここまで32回)。

劉備は、黄忠に会った(ここから33回)。劉備黄忠に、「私が、曹氏を救ってやった」と話したら、黄忠は、「救わなくて良かったのに」と文句をつける。宦官の曹節に対する反感が、黄忠にこれを言わせたのだった。
劉備が、現地でお祭りを見ていると(『水滸伝』の元宵節)、曹氏のさしがねで、劉備は捕らえられた。黄忠が、劉備のために、「誤認逮捕するな」と弁明しても、曹氏はみとめない。黄忠は、弓の腕をつかって劉備を救出した。黄忠劉備に、「となりの頴川は、都市である。前過を洗い流して、出直すにはちょうどいい」といって、頴川ゆきを勧める。

水滸伝花栄は、宋江に清風山を勧める。

劉備は逃げたつもりが、また曹氏に捕まってしまった。

ここまで、駒田訳416ページ。
175年、三互の法が議論される。つまり、このとき親類を地方長官にして、政治を腐敗させることが流行っていたことが、裏返しによって知れる。南陽太守を、曹節の娘むこがやっている」という設定にして、これを黄忠の上官にしよう。


南陽のとなりは、潁川郡である。頴川太守は、何進南陽の人)である。南陽での騒ぎに関心を持った。

179年、宋皇后が廃されて、何皇后が立てられる。このイベントを、生かさない手はない。曹操も絡むだろうし。
劉備は、いちど頴川に逃げこみ、南陽と頴川の両側から、摘発されるのもよい。何進は、宦官と気脈を通じることで、妹を後宮にあげた。何進は、宦官に利する行動をとる。
水滸伝』では、青州府尹の慕容彦達が介入してくる。これが慕容貴妃の兄である。だからぼくは、何進をこれにあてた。

何進は、劉備黄忠を討伐しようとするが、失敗する。

この討伐に加わり、失敗するのは、黄信・秦明である。秦明は、方面軍のトップとして、強力な存在。黄信はその部下。どちらも、劉備にほんのりシンパシーを懐かねばならない。該当する人物を、探している最中です。
秦明は、花栄と一騎打ちをして、戦って敗れる(花栄の戦さのうまさが、このあたりの見せ場)。秦明は、短気で大声でどなる。
文聘・魏延韓玄あたりを考えるが、ぴんとこない。
水滸伝』は、宋江が、3人の盗賊(燕順・王英・鄭天寿)を味方につけながら、花栄とともに、2人の官軍(秦明・黄信)をやぶって、官軍をじぶんに味方させる話。ぼくが思うに、劉備がもう少し勢力を拡大したあとに、この話をやったほうがいいのかも。
第34回まで、この戦いに費やされる。

盗賊(王英にあたる)は、曹氏を殺して、スッキリする。

劉備黄忠は、幽州に逃れようと思い、北を目指す。辺境ならば混乱しており、ひそむ余地があるだろうと。道中、つよそうな人物がケンカをしているが、黄忠が腕前を見せて、仲裁する。戦っているのは、呂布と夏育であった(35回)

水滸伝』で仲裁されたのは、呂方(呂布もどき)と、郭盛(薛仁貴もどき)である。このシーンを、ほんものの呂布にやらせるために、劉備黄忠のふたりを旅行させて、黒山のふもとに近づける。
176年、鮮卑が幽州に侵入。177年、護烏丸校尉の夏育らが鮮卑を攻撃して大敗する、という史実がある。郭盛を夏育にしてもいいかも。
百度百科によると、夏育は、「夏育早年身為段熲在護羌営的司馬,在与羌人的戦闘中屡次立功,……他為了将功折罪賄賂当時的大宦官王甫,撺掇漢霊帝鮮卑開戦。在漢霊帝的支持和王甫的斡旋下,夏育从高柳県出兵,破鮮卑中郎将田晏従云中郡……」と、王甫に賄賂を送って出撃したことがわかる。
鮮卑に向けて出撃しつつある夏育に、呂布がちょっかいを出して、一騎打ちをやっていたところだったと。後漢の夏育は、しょぼい人物だが、周代の同姓同名の人物とイメージが重なり、強そうに思えてくる。呂布と薛仁貴の一騎打ちという、夢のシーンとなる。
のちに呂布が、劉備と紀霊を、矢によって仲裁するのは、このときのお返しという伏線になる。うまいなあ。


幽州に向かっていると、ある好感が現れ、「わたしは皇室の、ほんとうに高貴な血を信望している。わたしが頭を下げる相手は、劉虞と劉備だけなのだ」という。

駒田訳438ページ。いま『水滸伝』35回。
石勇が、「戴宗と柴進にしか頭を下げない」といって登場する。この好感は、だれにしよう。石勇は、地醜星で、「石将軍は民間伝承上の悪神であり、彼の粗暴な性格と「石」という姓とをかけたことに由来する。容姿は背が高くごつごつした顔立ちの若者で、髭は一本も無い」とある。荊州から劉備を追いかけてきた魏延とか? 劉備が逃げたことを知り、「それなら劉虞さまを頼るべきだ」という、勝手なアドバイスを届けにくる。もしくは、劉備が好きすぎて、劉備の故郷まで押しかけ、劉備の母(『水滸伝』では宋江の父)が危篤という伝言を託されてくる。

魏延劉備に、「幽州にいる劉備の母が危篤だ」という。劉備は、黄忠と別れることにして、帰郷した。黄忠は、荊州で反乱が起きていることを聞いて、駆けつける。

水滸伝』35回では、宋江だけが分離して、みんな梁山泊に流れてゆく。つまり、話を進める都合上、彼らの役割が終わったことを意味する。駒田訳の442ページで、宋江から分離することになるのは、花栄宋江の盟友)、秦明と黄信(花栄宋江のせいで官職に居られなくなった)、燕順・王英・鄭天寿(女を襲ってた3人の盗賊で、花栄宋江に協力)、呂方・郭盛(道ばたでケンカしており、花栄に仲裁される)、石勇(宋江に父の危篤を伝達)。宋江が、花栄を頼るところから、雪だるま式に広がった人材が、退場してゆく。
ぎゃくにいえば、彼らが宋江劉備の手駒としてストックされなくても、劉備物語を賑やかすためのフローとして活躍すれば、それで「おもしろさ」は維持されるのだ。

黄忠は、飛ぶ雁を串刺しにして、腕前を見せつつ、去っていった。みんなと別れた劉備は、久しぶりに帰郷した。

駒田訳444ページで、宋江は帰省する。
宿題を確認すると、秦明と黄信は、頴川太守の何進に駆りだされる官僚で、劉備にやや共感を持っている。王英には、女好きの人物をあてて、燕順と鄭天寿はセット。鄭天寿は、『北方水滸伝』で犬死にするので、アホな死に方をする人物にできたらベスト。「女好きで仲間が犬死にするひと」が王英である。


劉備は、家に帰ると、母親に怒られる。「おまえが、ちっとも漢室のために働く気配がないから、情けなくて呼び出してやったんだよ」と、種明かしするのは、いとこの劉徳然。

宋江の弟の宋清は、劉備のいとこの劉徳然とする。

劉備が在宅していると、追っ手が現れた(35回まで)

劉備が南方に逃れ、孫堅に会う

劉備は、おとなしく涿郡で監禁された。監禁されているところを、袁紹のグループが救ってくれた。

水滸伝』では、劉唐・呉用花栄などが現れる。しかしこれは、宋江を物語のメインストリームに留めようという編者の苦労であって、必然性がない。けっきょく宋江は、梁山泊に合流せず、江州に流されるのだ。おとなしく劉備は、遠方に移ろう。日南にでも流されよう。

劉備が、南へ南へと移動していると、徐州で呼び止められ、現地の役人に手厚くもてなされる。これこそ、戴宗=孫乾である。

水滸伝』36回(駒田訳451ページ)で初出する戴宗は、呉用の紹介ということで、宋江を手厚くもてなす牢役人である。しかし、呉用(荀彧)は、劉備と接点をもつチャンスがない。ふつうに、名声を慕っており……でいいだろう。史実でも、なぜ孫乾らが、劉備を持ち上げるのか説明がないのだ。
なぜ孫乾かといえば、戴宗はおつかい要員だから。


さらに南下して、下邳の国に入ったとき、劉備は毒まんじゅうを食わされる。そこに、孫堅が駆け込んできて、「劉備を殺したらいかんよ」という。

南方の水軍の首領たる李俊は、孫堅とする。水滸伝』の後日談で、南方で独立した王国を立てるというのも、孫堅らしい。
ぼくは思う。孫堅に「劉備を殺すな」と言わせるためにも、劉備には、南陽郡か頴川郡あたりで、士人たちの注目を集める手柄を立てねばらならい。『水滸伝』慕容氏・黄信・秦明を倒した戦いを、劉備のためにアレンジして、孫堅の耳に入るようにしなければならない。そのためには、やはり「宦官の陰謀を砕いた」がベスト。
宋皇后の廃立事件につき、劉備が間接的にポジティブな影響を残している、というのがベストである。考えるべし。

劉備に毒まんじゅうを食わせたのは、孫静である。

水滸伝』李立である。Wikipediaによると、李立は、「渾名は催命判官で、冥府の裁判官という意味。赤い蛟髭を生やし、血走った目をしている。居酒屋を営んでいるが、客を痺れ薬で盛りつぶし、金目のものを奪って殺し、肉を饅頭の餡にしてしまうという追剥酒屋」とある。孫静のイメージとあわないから、この時点までに合流していそうな呉将がいたら、交換する。
水滸伝』李俊と李立は、同じタイミングで出てきて、同姓のくせに、血縁関係がない。分かりにくくて怨めしいので、李立を孫静に結びつけさせた。じつは孫静も、静かなふりをして、李立のように闇塩で儲けて、一族を養っていたのではないか、と妄想したりする。
水滸伝』李俊には、童威・童猛という、まぎらわしい兄弟がいる。孫静と縁がある2人のセットの武将をあてるべき。孫静の子である、孫暠・孫瑜孫皎孫奐あたりに割り振って、消化してしまうのも手である。

孫静は、孫堅にいわれて、劉備を蘇生させた。ここまで、『水滸伝』36回。駒田訳458ページ。

劉備が、膏薬を販売する貧しそうな武芸者(薛永にあたる)にめぐんでやると、地元の顔役(穆春にあたる)に絡まれた。劉備が扱いかねて、地元の家に泊めてもらうと、たまたま顔役(穆春にあたる)の家に泊まってしまった。

穆弘・穆春は兄弟。比定はまだ。ザコでよし。ろくでもなく、威張り散らすのだから、穆春は麋芳、その兄の穆弘は麋竺でどうだろう。 薛永の比定も、まだだが、ザコでよし。
張横・張順の兄弟も、水辺に登場するから、ややこしい。張横は「船火児」だから、ぜったいに黄蓋赤壁の戦いを思わせるあだな。張順は、何日でも潜っていられるという水泳の達人。孫呉でもぐる人といえば、黄祖の船を止めているイカリを潜って切った董襲である。水滸伝』では、張横・張順は兄弟だが、『漢末水滸伝黄蓋・董襲は兄弟ではない。黄蓋は零陵のひと、董襲は会稽のひと。ふたりを兄弟のようみ結びつけるエピソードを作らねば。
脇道にそれた。穆弘・穆春は、呉将から誰かをひろう。 現地の徐州の商人である麋氏の兄弟を、穆氏の兄弟とする。

穆氏の兄弟に追われた劉備が、逃げるために船に乗れば、かっぱらい船。船頭を務める黄蓋が、ぎゃくに劉備を襲おうとする。

水滸伝』では、李俊が現れて、「劉備を殺してはならない」と仲裁する。しかし『漢末水滸伝』では、孫堅黄蓋を討伐して、このタイミングに、ちょうど心服させる、というのでも良いかも。
水滸伝』穆弘・穆春にあたる人物(呉将)も、このとき(第37回)、まとめて孫堅に討伐されて、李俊こと孫堅に屈服してしまうとか。さえぎる者がいない「没遮欄」「小遮欄」という穆氏の兄弟だから、突進する系の呉将で、初期からのメンバーがいい。ザコも可。

 

劉備が揚州で危機に陥り、袁紹が救う

さて(駒田訳469ページ)劉備は、宦官の息の掛かったもの(原典の蔡九)の手許に、収容される。
牢役人の戴宗こと孫乾は、劉備のことに気づいて、態度を変える。

原典の38回。孫乾は北海のひと。原典は、李俊のくだり→戴宗のくだり、という順序である。しかり、劉備の移動経路を考えると、戴宗こと孫乾のくだり→李俊こと孫堅のくだり、としないと成立しない。いや、孫乾が故郷を離れて、州のあちこちで就職しているのかも。鄭玄に推挙されるくらいの人物らしいので、下邳に流れてきていても、おかしくない。

戴宗=孫乾のもとには、李逵張飛がいた。張飛は、劉備と同郷であるが、肉屋を継がずに、天下に人物をもとめて、ウロウロしていた。張飛は、同郷の人物が徙刑を受けている最中と聞いて、孫乾に頼んで、劉備に会わせてもらう。
張飛は、ばくちのカネを劉備からもらい、劉備を慕うようになる。張飛は、劉備のために、おいしい魚を捕ろうとして、張順こと董襲と水辺で戦う。董襲と張飛は、仲直りする。ここまで、38回。

ここから39回。劉備は、李逵に魚を食わされて腹をこわし、腹いせに壁に、謀反の詩を書いてしまう。孫乾が、「キチガイのふりをして、取り調べを逃れろ」という。

徐州刺史は、東海郡の郯県である。このときの徐州刺史を調べる。宦官の息のかかったひとがいい。原典では、蔡京の親族(蔡九)が仕切っている。

孫乾は、徐州刺史の命令で、洛陽にいる宦官に、裁きをあおぐ。しかし途中の汝南で、袁紹のランニング・フレンドに捕まってしまう。荀彧は、判子を偽造して、劉備をたすけだそうとする。袁紹のもとには、書家(蕭譲にあたる)と、判子屋(金大堅にあたる)がいる。

蕭譲と金大堅の比定もする。蕭譲は、いくらか候補がいそうだが、金大堅はどうしよう。
水滸伝』戴宗をとらえるのは、梁山泊のふもとの食堂の朱貴。朱貴にあたるひとを、まだ決めてなかった。奔走の友のなかから、食堂っぽいひとを探そう。兵站を担当するし、旱地忽律(かんちこつりつ)で、陸のワニという意味の仇名をもつなら、朱貴は淳于瓊がいいかも。蒼天航路』で、ニっぽかったし、烏巣で兵糧を守るし。
朱貴の弟の朱富だが、淳于瓊に兄弟がいないので、とても困る。淳于丹という『三国演義』オリジナル武将がいて、陸遜の配下らしい。名前を借りてもいいかも。袁紹軍のなかにいたが、(袁紹軍をやぶった)関羽に恨みをもち、関羽と敵対する孫呉に味方して……ちょっとムリかなw


ここから40回。孫乾が、袁紹から託された偽造文書は、徐州刺史によって偽造だとバレてしまう。孫乾劉備(戴宗・宋江)は、徐州刺史によって処刑されそうになる。そのとき、袁紹の仲間たちが、劉備を助けてくれる。水路を伝って逃げる。
袁紹の仲間と、劉備が徐州で出会ったひとたちが、「白龍廟の小聚義」をやる。
ここから41回。

孫堅軍が、徐州軍と衝突しては、史実から狂ってしまう。

もともと徐州刺史に、劉備を殺せと仕向けたのは、黄文炳にあたるひとである。袁紹劉備が、隣の家に放火して、「隣の家が火事です」といってなだれこみ、黄文炳にあたるひとを攻め滅ぼす。黄文炳にあたるひとを切り刻んでしまう。

黄文炳の家のことを知っている、通臂猿の侯健が、この作戦に協力する。服色の仕立て、図面やデザインを担当する。袁紹のもとにいる、こういう才能をもったひと、誰かいなかったっけ。
顧雍を、東晋の画家の顧愷之の祖先ということにして(←ウソ)、この活動に協力させようか。顧雍は、蔡邕にほめられた才能の持ち主。余技として、デザインもやったと。顧雍は呉郡のひと。顧雍を「現地の勝手を知るひと」にするため、劉備をおびやかしたのは、揚州刺史ということにしようか。揚州刺史のほうが、反乱との絡みがおおくて、史料に名前が残っており、悪者を設定しやすい。


徐州 揚州から劉備を救い出すと、一行は盗賊らと遭遇する。

摩雲金翅の欧鵬(4人のトップ)、神算子の蒋敬(計算ができる)、鉄笛仙の馬麟(笛がうまい)、九尾亀の陶宗旺(土木工事ができる)である。この、読者を置いてきぼりにした設定に付き合うのか。必ずしも108人に付き合わないでも、いいような気がしてきた。
4人は、泰山の諸将にしよう。臧覇、孫観、呉敦、尹礼。数も合うじゃないか。

袁紹は、劉備をトップに担ごうとしたが、それは単なるポーズであり、その気もない。劉備は、それを弁えており、袁紹に礼をいって、故郷に帰る。