水滸伝訓読:第2回(3/7)

◆王進が逃げる

日は晚るるとも未だ昏からず、王進 先づ張牌を叫びて入らしめ、分付して道ふ、
「你 先づ晚飯を喫せよ。我 你をして一處に去きて幹事せしめん」
張牌道ふ、
「教頭 小人〈私〉をして、いづくに去かしむ?」
王進道ふ、
「我 前日の病患に因りて、酸棗の門外、嶽廟裏に香願するを許下せらる。明日の早〈あさ〉去きて炷の頭香を燒かんとす。你 今晚は先づ去きて、廟祝〈道士〉に分付し、他をして來日の早、廟門を開かしめよ。我の炷頭香を燒くを等〈ま〉ち、就ち三牲もて、劉李王に獻ぜんとす。你 廟裏に〈お〉就いて歇して我を等て」
張牌 答應し、先づ晚飯を喫し、安置〈おやすみ〉を叫し、廟中を望みて去る。

當夜、子・母の二人、行李・衣服を收拾し、細軟・銀兩を一擔兒と做して、打挾す。又 両個の袋袱駝を料し、馬上に拴す。
等ちて五更に到り、天色 未だ明けず、王進 李牌をして起きしめ、分付して道ふ、
「你 この銀兩もて、嶽廟裏に去き、張牌とともに三牲を買ひ、煮熟して、かしこに等候せよ。我 紙燭を買ひ、隨後せん」
李牌 銀子もて廟中を望み、去けり。

王進 自ら馬を備へ、後槽より牽出し、料袋袱もて駝搭し、索子もて拴縛して牢す。牽きて門外におき、母を扶けて上馬せしむ。家中の粗重〈荷物〉みな棄て、前後の門を鎖し、擔兒を挑ひ、跟いて馬後におく。五更の天色 未だ明らかならざるを趁ひ、勢に乘じて西華門より出づ。路を取りて、延安府を望む。

◆王進の逃亡が発覚する

両個の牌軍、福物を買ひて、煮熟す。廟に在りて、等ちて巳牌〈巳の刻〉に到るも、また〈王進が〉来るを見ず。李牌 心に焦〈いら〉だち、走つて回りて家中に到り、尋ぬる時、門を鎖すを見たり。両頭に路無し。尋ぬること半日、並びに人なし。看看〈みるみる〉晚れんとす。
嶽廟裏の張牌 疑忌し、一直 奔りて家に回る。又 李牌とともに黄昏を尋ぬるも、看看〈みるみる〉黑〈く〉れたり。

両個 他の當夜 歸らざるを見て、又 他の老娘も見ず。
次日、両個の牌軍、又 他の親戚の家に去きて訪問す。亦 尋ぬる處なし。両個 連累するを恐怕す。只だ得たり、殿帥府に去きて、首告〈自首〉す。
「王教頭 家を棄てて逃げ、子・母 去く向〈さき〉を知らず」
高太尉 告を見て、大怒す、
「賊配軍、逃げたり。看よ、いづくに去かんとするかを」
隨ち文書を押下し、諸州の各府に行開して、逃軍の王進を捉拿せしむ。二人 首告したれば、其の罪責を免す、

◆王進が史家村にくる

王教頭の母子二人、東京を離れてより、免るるとも、飢ゑども餐するを得ず、渴せども飲むを得ず。夜は住まり、曉は行く。路上に在ること、一月有餘なり。
忽ち一日、天色 將に晚れんとす。王進 擔兒を挑し、跟きて母の馬後に在り。口に母親とともに説ふ、
「天可憐見〈おかげさまで〉、慚愧せり。我が子母、この天羅・地網の厄を脱す。此は延安府を去ること遠からず。高太尉 便ち人を差はして我を拿へんとするとも、また拿へず」

子母 歡喜し、路上にて覚えず、宿頭を錯〈あやま〉る。走くこと一晚、一處の村坊に遇ふ。
いづくに投宿して、これ好からん。正に理會する處なし。只だ見る、遠遠地の林子裏より、一道の燈光を閃出するを。王進 看て道ふ、
「好し。遮莫〈さもあらば〉かしこに去きて、小心を陪し〈丁寧に頼み〉、宿を借ること一宵、明日の早に行かん」
轉じて林子裏に入りて看る時、一所の大莊院なり。一週遭はすべて土牆、牆外に二・三百株の大柳樹あり。かの莊院を看る。……

王教頭 莊前に到り、門を敲〈たた〉くこと多時なり。莊客 出で來る。王進 擔兒を放下し、他と禮を施す。莊客道ふ、
「俺が莊上に来るは、なに事か有る?」
王進 答ふ、
「實に相ひ瞞〈あざむ〉かず。小人の母子二人、路程を貪行し、宿店を錯りて過ぎ、ここに到る。前も村に巴〈とど〉かず、後も店に巴かず。貴莊に投じて、宿を一宵に借り、明日の早に行かんと欲す。房金を拜納せん。萬望す、週全 方便したまはんことを」
莊客道ふ、
「且く等〈ま〉て。我 莊主の太公に問はん。肯んずる時、但だ歇〈とど〉まること、妨げじ」
王進 又 道ふ、
「大哥 方便あれ〈情あれ〉」

莊客 入りて多時、出でて説ふ、
「莊主の太公 你らをして入らしむ」
王進 娘に請ひて下馬せしめ、擔兒を挑し、就ち馬を牽き、莊客に隨ひて裏面に到り、打麥場〈麦こなし場〉に、擔兒を歇し、馬を柳樹上に拴〈つな〉ぎ、母子の二人、直ちに草堂上に到りて、太公に見ゆ。

◆王進が、史進の父に留めてもらう

太公 年は六旬の上に近く、鬚髮 皆 白し。……王進 見えて便ち拜す。太公 連忙に道ふ、
「客人 拜する休かれ。你ら行路の人なり。風霜に辛苦せん。且つ坐せ」
王進の母子 禮を敘し罷はり、坐定す。
太公 問ふ、
「你らいづこより來る。如何ぞ、昏晚 此に到る?」
王進答ふ、
「小人 姓は張、もとは京師の人なり。本錢を消折し、營用す可き無し。延安府に去きて、親眷に投奔せんとす。想はざりき、今日 路上に程途を貪行し〈道に迷って〉、錯りて宿店を過ぎ、貴莊に投じて、宿を一宵のみ假らんと欲す。來日の早に行かん。房金は拜納せん」
太公道ふ、
「妨げず〈構わぬ〉。今 世上の人、たれか房屋を頂して走らんや。你ら母子ふたり、敢へて未だ打火〈食事〉せざらん」
莊客をして飯を安排せしむ。

多時なくして、廳上に桌子を放開し、莊客 一桶盤の四様の菜蔬、一盤の牛肉を托出し、桌上に鋪放す。先づ酒を燙〈わか〉して篩す。
太公道ふ、
「村落の中、なにの相待するもの無し怪まるる休かれ」
王進 起身して謝す、
「小人の母子 故なく相ひ擾〈みだ〉す、此の恩 報じ難し」
太公道ふ、
「かように説く休れ。且つ請ふ、酒を喫せよ」
一面に五・七杯の酒を勸め、飯を搬出す。

二人 吃ひ了はり、碗碟を收拾す。
太公 起身し、王進の子母を引きて、客房裏に到りて安歇せしむ。
王進 告ぐ、
「小人の母親 騎したる頭口〈馬〉、寄養を相ひ煩はさん。草料は望むらくは應付を乞ふ。一併に〈まとめて〉拜酬せん」
太公道ふ、
「これも妨げず。我が家もまた騾馬あり。莊客をして後槽より牽出し、一發に喂養せしめん」
王進 謝す。かの擔兒を挑して、客房の裏に到る。莊客 燈火を點け、一面に湯を提げて、腳を洗はしむ。太公 裏面より回る。王進の子母 莊客に謝し、房門に掩し、收拾して歇息せしむ。

◆王進の母ば病気になる

次日、睡りて天曉に到れども、起くるを見ず。莊主の太公 客房の前に到り、王進の子母 房裏に聲喚するを聽く。太公 問ふ、
「客官、失曉せん〈遅くなる〉、起きよ」
王進 聽きて、慌忙に房を出づ。太公に禮を施し、説く、
「小人 起くること多時なり。夜、多多 攪擾せり〈世話をかけた〉。甚だ不當なりき」
太公問ふ、
「誰人か此の如く聲喚する」
王進道ふ、
「實に太公を相ひ瞞はして説はん。老母 鞍馬して勞倦す。昨夜 心の痛病 發〈おこ〉る」
太公道ふ、
「客人 煩惱するなかれ。你が老母をして且く老夫の莊上に住まること、幾日ならしめよ。我 心疼を醫するの方あり。莊客をして縣裏に藥を撮らしめ、你が老母に親喫せしめよ」
王進 謝す。

◆王進が史進の技に、けちをつける

王進の子母 太公の莊上に服藥す。住まること五・七日、母親の病患 痊ゆるを覚ゆ。王進 收拾して行かんとす。
當日、後槽に馬を看るに、空地に、一個の後生〈若者〉脱膊し、一身に青龍を刺し、銀盤もまた似たる麵皮、約そ十八・九歳なるもの、棒を拿りて、かしこにて使ふ。
王進 看ること半晌〈はんとき〉、覚えず失口して道ふ、
「この棒また、使ふこと好し。只だ是れ破綻あり。真の好漢に贏〈か〉ち得ざらん」
この後生 聽きて大怒し、喝して道ふ、
「你 なん人ぞ。敢へて我が本事を笑話するや。俺 七八の有名なる師父を經たり。我 信ぜず、你に如かざるを。你 敢へて我と扠せんや」

説ふこと猶ほ未だしに、太公 到り、この後生を喝す、
「無禮を得ざれ」
この後生は道ふ、
「耐へがたし。かように我が棒法を笑話するに」
太公道ふ、
「客人 鎗棒を使ふこと會はざる莫きや」
王進道ふ、
「頗る曉り得たり。敢へて長上に問ふ。この後生 宅上の何の人ぞ」
太公道ふ、
「是れ老漢の兒子なり」
王進道ふ、
「既に然く、宅內の小官人〈若旦那〉なれば、若し学ぶことを愛すらば、小人 他を點撥して端正ならば、如何」
太公道ふ、
「かくのごとくんば、十分に好し」
便ち後生〈史進〉をして〈王進に〉師父を拜せしむ。

後生 いかんぞ肯へて拜せん、心中に越〈いよいよ〉怒りて道ふ、
「阿爹〈父上〉、かの胡説を聽くを休めよ。若し他に我が棒もて贏ち得らるらば、我 便ち他を拜して師と為さん」
王進道ふ、
「小官人 若し村に當てざる〈無礼でない〉時、一棒を較量して、耍子せん〈なぐさみにしよう〉」
後生 空地の當中にて、一條の棒を把りて、使ふこと風車兒の似〈ごと〉く轉じ、王進に向ひて道ふ、
「你よ來れ、你よ來れ、怕るるものは好漢に算せず」
王進 只だ笑ひ、肯へて手を動かさず。
太公道ふ、
「客官 既に肯へて小頑〈わが子〉を教ふる時、一棒を使ふも、何ぞ妨げん」
王進 笑ひて道ふ、
「恐怕するは、令郎を衝撞する時、須らく不好看〈気の毒〉なるべきを」
太公道ふ、「妨げじ。若し手腳を打折するも、また他の自作自受ならん」
王進道ふ、「無禮を恕せよ」
鎗架〈槍おきば〉に、一條の棒を拿り、空地に到り、旗鼓〈という構え〉を使ふ。