水滸伝訓読:第2回(4/7)

◆王進が史進を打ちすえる

後生 看て、棒を拿りて、滾將入來〈くるくると速く進み〉、逕ちに王進に奔る。王進 托地に棒を拖〈ひ〉きて、便ち走る。後生 棒又を輪して趕〈お〉ふ。
王進 身を回し、棒を把りて空地を望み、臂將下來〈真向かいより打ち下ろす〉。後生 棒の劈き來るを見て、棒を用て隔〈ささ〉ふ。王進 打ち下さず、棒を將つて一掣す。卻りて後生の懷裏を望み、直ちに搠し、只 繳す〈絡みはねる〉。後生の棒 丟〈うしな〉ひて一邊に在り、地を撲ちて、後を望みて倒る。王進 連忙に棒を撇し、前に向ひて、扶て道ふ、
「休怪、休怪〈ごめん、ごめん〉」と。

史進が、王進に師事する

後生 爬して起ち、便ち條凳子〈腰かけ〉を掇り、王進に納れて坐せしめ、便ち拜して道ふ、
「我 枉げて自ら許多の師家を經るも、半分の師父にも値ひせず。奈何ともするなし。教へを請はん」
王進道ふ、
「我が母子、連日、此に在りて宅上を攪擾するも、恩の報ず可きなし。當に以て力を效すべし」

太公 大喜し、後生をして衣裳を穿せしめ、一同 後堂に坐下す。
莊客をして羊を殺し、酒食・果品の類を安排し、就ち王進の母親に請ひて、一同 席に赴く。四個の人 坐定し、一面に盞〈さかづき〉を把る。太公 起身して一杯の酒を勸め、説くらく、
「師父 此の如く高強たり。必ず教頭ならん。小兒 眼あれども泰山を識らず」と。
王進 笑ふ、
「奸も欺かず、俏も瞞かずと。小人 姓は張ならず。俺 東京の八十萬の禁軍の教頭、王進なり。この鎗棒 終日 搏弄す。新任の高太尉、原〈もと〉先父に打翻せられ、今 殿帥府の太尉と做るに因り、懷に舊讎を挾み、王進を奈何にせんとす。小人 不合にも〈まづくも〉他の所管に属す。他と爭ひ得ず、只だ得たり、子母二人 延安府に逃げ、老種經略相公の處に投托して、勾當〈務むる〉せんとす。想はざりき、ここに到り、長上の父子に遇ひ、此の如く看待せらる。
又 老母の病患を救せらるるを蒙り、連日の管顧、甚だ是 當らず。令郎 肯へて学ばば、小人 一力もて奉教せん。只 令郎 学ぶものは、都て花棒、只だ看るに好し。陣に上るは無用なり。小人 新たに他を點撥せん」

太公 説くことを見て〈聞いて〉、便ち道ふ、
「我が兒、輸する〈負ける〉を知りぬ可し。快く師父に再拜せよ」
後生 又 王進に拜す。……

太公道ふ、
「教頭 上に在り、老漢 この華陰の縣界に祖より居す。前面は少華山なり。この村 便ち史家村と喚ばる。村中 總て三四百家あり、みな史と姓す。老漢の兒子 小より農業に務めず、只だ愛す、鎗を刺し棒を使ふことを。母親 他を説き得ず、嘔氣して死せり。老漢 只だ得たり、他の性子に隨ふを。知らず、多少の錢財を使ひ、師父に投じて他に教へしむるを。
又た高手の匠人に請ひて他に花繡を刺せしむ。肩臂・胸膛 總て九條龍あり。滿縣の人 口順に、都な他を叫びて、『九紋龍』史進と做す。教頭 今日 既にここに到り、一發に他を成全すること、亦た好し。老漢 自から當に重重に酬謝すべし」

王進 大喜して道ふ、
「太公 放心せよ。此の如く説かば、小人 一發に令郎に教へ、方に去らん」

當日より始めと為し、酒食を食喫し、王教頭 母子二人を留めて莊上に在らしむ。史進 毎日、王教頭に點撥を求め、十八般の武藝、一一に頭指より教へらる。かの十八般の武藝は、
矛・鎚・弓・弩・銃、鞭・簡・劍・鏈・撾。

斧・鋮・並・戈・戟、牌・棒・鎗松。

◆王進が史家村を去る

史進 毎日 莊上に在りて、王教頭の母子を管待し、武藝を指教せらる。史太公は自ら華陰の縣中に去きて、裏正を承當す。
覚えず、荏苒たる光陰、早く半年の上に過ぐ。……

史進 この十八般の武藝を打し〈学び〉、新に従ひ学び、十分に精熟す。多く王進の心を盡して指教するを得て、點撥して、みな奧妙あり。王進 他の学び得て精熟するを見て、自ら思ふ、
「此に在ることを好しと雖も、只だ不了なり」
一日 想ひ起し、相ひ辭して延安府に上らんとす。史進 いかんぞ肯へて放たん。説きて道ふ、
「師父 只だ此の間に在りて過せ。小弟 你の母子を奉養して、以て天年を終はらしめん。多少に〈おほいに〉好けれ」
王進道ふ、
「賢弟、多く你の好心を蒙る。此に在ること十分の好なり。只だ恐る、高太尉 追捕して到り、累を你に負はさんも、穩便ならざるべからず。此の兩難を以て、我 一心に延安府に去かんとす。老種經略の處に投じて勾當せんと要〈ほっ〉す。かしこは邊庭を鎮守す。人を用ふるの際、安身・立命す可きに足る」

史進 並びに太公 苦留すれども住〈とど〉めず、一個の筵席を安排して送行す。一盤・兩個の段子、一百・兩花の銀を托出し、師に謝す。

次日、王進 擔兒を收拾し、馬を備へ、子・母の二人、史太公に相ひ辭す。王進 母に請ひて馬に乘らしめ、延安府の路途を望みて、進發す。史進 莊客をして擔兒を挑せしめ、親ら十裏の程を送る。心中 捨て難し。
史進 時に當り、師父に拜別す。涙を灑ぎて手を分ち、莊客と自ら回る。王教頭 舊に依り、自ら擔兒を挑し、馬に跟け、母と両個、自ら關西の路を取りて
去く。
話中 王進の軍役に投ずるを説かず。