水滸伝訓読:第90回(2/2)

百二十回本が挿入した、田虎の討伐戦から、退屈な部分(類型的な戦闘の描写)を除く。この書き下し文だけを読んでも、楽しめるように、情報を整形してます。百回本と、ここを読めば、エッセンスが分かるように。
タイトルが、2/2から始まってますが、1/2は別の機会に。
宋江は遼から凱旋し、五台山で智真長老に偈をもらい、東京に向かったところ、百二十回本の世界に迷いこむ。

◆燕青が、旧友の許氏に遭遇する

宋江ら路に行くこと數日、一處に到る、地は雙林鎮と名づく。鎮上の居民、及び近村の農夫、都て走りて觀看す。宋江ら衆兄弟、雁行す。
前隊の頭領、鞍を滾〈すべ〉りて馬を下り、左邊に看る人叢の内の一人に扯き〈とりすがり〉叫びて道ふ、
「兄長 如何ぞ、ここに在るや」
両個 禮を敘し、話を説す。宋江の馬、漸漸と近前して看るに、「浪子」燕青 一人と話す。燕青 拱手して道ふ、
「許兄、此は便ち宋先鋒なり」
宋江 馬を勒して、かの人を看る。

目は双瞳を炯〈あき〉らかに、眉は八字に分かる。
七尺の長短なる身材、三牙の口を掩ふ髭鬚。
烏縐紗の抹眉の頭巾を戴き、皂沿邊の褐佈の道服を穿る。
雜彩の呂公絛を繫め、方頭の青布履を著く。
必ず碌碌たる庸人に非ず、定めて山林の逸士ならん。

宋江 かの人の相貌は古怪、豐神〈風姿〉は爽雅なるを見る。忙はしく下馬し、躬身して禮を施して道ふ、
「敢へて〈失礼ながら〉問ふ、高士の大名を」
かの人 宋江を望みて、便ち拜して道ふ、
「名を聞くこと久し。今日 以て拜見するを得たり」
慌して宋江 答拜するに迭ばず、連忙と扶起して道ふ、
「小可〈われ〉宋江、何ぞ此の如き労せん」
「小子〈われ〉姓は許、名は貫忠なり。祖貫は大名府の人氏なるとも、今は山野に移居す。昔日、燕將軍〈燕青〉と交契す。想はざりき、一別して十数年、相ひ聚まるを得ず。後に、小子 江湖にあるに、小乙哥〈燕青が〉將軍の麾下にあるを聞き、小子 欣慕して已まず。今 聞く、將軍 遼を破りて凱還す。小子 特に此の處に來て瞻望す。各位の英雄に見ふを得たり。平生 幸ひ有り。燕兄を邀〈むか〉へて、敝廬に到り、略敘せんと欲す。知らず、將軍 肯へて放さんや?」
燕青 亦また稟す、
「小弟 許兄と久しく別れ、意はざりき、此に相ひ遇ふ。既に許兄より雅意を蒙る。小弟 只だ去きて一遭するを得ん。哥哥よ、衆將と先に行け。小弟 隨後に趕〈お〉はん」
宋江 猛省して〈思いついて〉道ふ、
「兄弟の燕青、常に道ふ、『先生 英雄の肝膽なり』と。只だ恨む、宋某〈わたし〉命は薄くして、遇ふを得るに縁なきを。今 承く、愛を垂れて、敢へて邀ふるを。同〈とも〉に往きて教を請はん」
許貫忠 辞謝す、
「將軍 慷慨の忠義たり。許某 久しく左右に相ひ侍せんと欲す。老母の年 七旬を過ぐるに因り、敢て遠離せず」
「かかる時、敢て相ひ強ひず」
又 〈宋江は〉燕青に説く、
「兄弟 就ち回れ。我をして放心せざるを免れ得しめよ。況んや且つ京に到る。倘〈も〉し早晩 便ち朝見せんとす」
燕青道ふ、
「小弟 決して敢て、哥哥の將令に違はず」
又 〈燕青は〉盧俊義に稟知し、両下 辭別す。

〈燕青は、駿馬を許貫忠にゆずり、許貫忠に家にゆく。景色に見とれていると、山が見えてくる〉

◆許貫忠の、のどかな暮らし

この山は、叫びて大伾山と做す。上古の大禹聖人 河を導き、曾て此の處に到らしむ。書經に道ふ、「大伾に至る」とは、これ便ち証なり。

〈許貫忠の家につく。燕青は老母にもてなされる〉

貫忠道ふ、
「敝廬の窄陋。兄長 笑話するなかれ」
燕青 答ふ、
「山は明たり、水は秀たり。小弟をして應接 暇あらざらしむ。實に得難し〈えがたし〉」
貫忠 又 征遼の事を問ふ。
多様の時に〈しばらく〉して、童子 燈を點けに來る。窗格を閉め、桌子を張し〈机を出し〉、五六の菜蔬を鋪し〈並べ〉、又 一盤の雞、一盤の魚、及び家中に蔵したる両様の山果をを搬出す。一壺の熱酒を旋す。
貫忠 一盃を篩し、燕青に遞與して道ふ、
「特地に兄を邀へて此に到る。村醪の野菜、豈に客を待するに堪ふるか」
燕青 稱謝して道ふ、
「相ひ擾す、却りて不當なり〈面倒かけて恐縮です〉」

數盃の酒の後、窗外の月光 昼の如し。燕青 窗を推して看るに、又 是れ一般の清致なり。雲は輕く、風は静たり。月は白く、溪は清し。水は影く、山は光る。一室に相ひ映る。
燕青 誇獎して已まず、
「昔日 大名府に在り、兄長と最も莫逆たり。兄長 武舉に應じてより後、便ち相ひ見るを得ず。却りてこの好き處を尋ぬ。何等の幽雅ぞ。劣弟の、かくのごとく東征・西逐するが象〈ごと〉き、怎ぞ一日の清閑を得ん」
貫忠 笑ふ、
「宋公明 及び各位の將軍、英雄・蓋世なり。上は罡星に應じ、今 又 強虜を威服す。許某の荒山に蝸伏するが象〈ごと〉き、いづくにか分毫も兄等に及ぶを得ん。俺 又 幾分 時宜に合せざる處あり。毎々奸黨の專權して、朝廷を蒙蔽するを見る。此に因りて進取を志すこと無く、江河に游蕩す。この處に到りて、俺 また頗頗〈すこしは〉心を留む」
説き罷はり、大笑し、盞を洗ひて更に酌む。

燕青 白金の二十兩を取りて、貫忠に送與して道ふ、
「些須の薄禮なるとも、少しく鄙忱を盡す」
貫忠 堅辭して受けず。
燕青 又 貫忠に勸む、
「兄長 かくのごとき才略あり。小弟とともに京師に到り、方便を覷て、出身を討〈たづ〉ねよ」
貫忠 口氣を嘆じて説ふ、
「今、姦邪 道に當り、賢を妒みて能を嫉む。鬼の如く蜮〈蛇〉の如く、都て峨冠博帯たり。忠良正直なるもの、盡く陷害に牢籠せらる。小弟の念頭 久しく灰なり。兄長 功成・名就の日に到らば、また宜しくこの退歩を尋ぬべし。古より道ふ、『雕鳥は盡きて、良弓は藏〈か〉くる』と」
燕青 點頭して嗟嘆す。両個 説くこと半夜に至り、方纔〈わづか〉に歇息す〈ねむる〉。

◆燕青が観光する

次早、洗漱し罷はり、又 早く飯を擺して、燕青に請ふて吃はしむ。
便ち燕青を邀へて、山前・山後に去きて遊玩す。燕青 高みに登りて眺望す。只だ見る、重巒・畳障、四面 皆 山なり。惟だ禽聲の上下するのみ有り。卻りて人跡の往來する無し。山中に居住するの人家、顛倒して數々過ぐるも、只だ二十餘家のみ有り。
燕青道ふ、
「ここ桃源よりも賽〈す〉ぐ」
燕青 山景を看ることを貪り、當日 天は晩〈く〉る。又 一宵を歇せり。

◆許貫忠が燕青に、絵図を与える

次日、燕青 貫忠に辭別す、
「恐らくは、宋先鋒 懸念せん。就ち此に拜別せん」
貫忠 相ひ送りて出門す。貫忠道ふ、
「兄長 少〈しば〉らく待て」
時を移す無く、村童 一軸の手巻を托りて、出で來る。貫忠 燕青に遞與して道ふ、
「これは小弟の、近來に幾筆に拙画するものなり。兄長 京師に到らば、細細に看よ。日後、或いは、亦た用ひ得る處あらん」
燕青 謝し、軍人をして拴縛して行囊の内におかしむ。

両個 手を分かつを忍びず、又 同行すること一・二里。
燕青 道ふ、
「『君を送送ること千里、終に須らく一別すべし』と。必ずしも遠く労せざるなかれ。後に再會するを図らん」
両人 各々悒怏として手を分かつ。

燕青 許貫忠の回りて遠ざかるを望みて、方纔に上馬す。便ち軍人をして、また上馬せしめ、一齊に路に上る。則〈ただ〉一日ならずして、東京に到る,
宋先鋒 軍馬を陳橋驛に屯駐し、聖旨を聽候す。燕青 營に入りて參見す。

〈燕青は、陳橋駅で、宋江に追いついた。宋江は、聖旨を待っていた。伐遼の褒賞が、蔡京・童貫に妨げられ、ひまだった。戴宗と石秀が、周辺の酒屋で飲んでいると、慌ただしい役人が現れて、何か言っている。盗み聞きしてみると……。第九十一回へ〉