水滸伝訓読:第2回(2/7)

◆高俅が蹴鞠で、端王と知りあう

次日、小王都太尉 玉龍の筆架を取り出し、両個の鎮紙玉の獅子とともに、一個の小金盒子に盛りて、黄羅の包袱もて包み、一封の書呈を寫し、高俅をして送らしむ。
高俅 王都尉の鈞旨を領し、両般の玉玩器もて、懷中に書呈を揣し〈押し込み〉、端王の宮中に投ず。把門の官吏は、院公に轉報す。多時なく、院公 出でて問ふ、
「你 いづこの府裏より来る?」
高俅 禮を施こし罷はり、答へて道ふ、
「小人 王駙馬の府中より、特に玉玩器を送りて、大王に進むるなり」
院公道ふ、
「殿下 庭心裏にて、小黄門と氣毬を踢る。你 自ら去け」
高俅道ふ、
「引進を相ひ煩はさん」

院公 引きて庭前に到る。
高俅 看る時、端王 頭に軟紗の唐巾を戴き、身に紫繡の龍袍を穿て、腰に文武雙の穗絛を繫め、繡龍袍の前襟を把りて、拽は縛り紮は起し、揣〈さしこ〉みて絛兒の邊に在き、足に一雙の嵌金線の飛鳳靴を穿き、三五個の小黄門 相ひ伴ひて、氣毬を蹴るを。
高俅 敢へて過ぎ去り、衝撞せず〈遠慮して近づかず〉、從人の背後に立ちて伺候す。

また高俅 まさに發跡すべき、時運 到來す。
かの氣毬、騰地〈ぽんと〉起來し、端王 接せず、人の叢裏に向ひて直滾し、高俅の身邊に到る。
高俅 氣毬の來るを見て、また一時の膽量、鴛鴦拐〈という技〉を使ひて、踢りて端王に還す。端王 見て大喜し、便ち問ふ、
「你 なん人ぞ?」
高俅 向前して跪下して道ふ、
「小的〈わたし〉王都尉の親隨なり。東人〈主人〉の使令を受け、両般の玉玩器を齎送し、大王に進獻す。書呈有りて、此に拜上す」
端王 聽き罷はり、笑ひて道ふ、
「姐夫 直ちに此の如く、心に掛くるか」
高俅 書呈を取出し、進上す。端王 盒子を開き、玩器を看る。みな堂候官に遞與し、收めしむ。

◆端王が、高俅の技能を楽しむ

端王 玉玩器の下落〈おちつき〉を理せず、先に高俅に問ふ、
「你 かくも氣毬を踢るを會す。你 なんと喚び做す?」
高俅 叉手して跪き、覆〈こた〉ふ、
「小的 高俅と叫做す。胡乱〈うろん〉に踢りて幾腳を得るのみ」
端王道ふ、
「好し。你 便ち場に下りて、踢ること一回して耍せよ〈遊べ〉」
高俅 拜して道ふ、
「小的 いかなる人ぞ。敢へて恩王とともに、脚を下さんや」
端王道ふ、
「この『齊雲の社〈という蹴鞠のサークル〉』、名づけて『天下圓』と為す。但だ踢るに、何ぞ傷〈や〉まん」

高俅 再拜して道ふ、
「いかでか敢へてせん」とて、三回・五次 告辭す。
端王 定めて他〈高俅〉の踢るを要す。高俅 只だ得たり、叩頭・謝罪して、膝を解きて場に下るを。纔づかに幾腳を踢り、端王 喝采す。

高俅 只だ得たり、平生の本事を把りて、すべて出來せしめ、端王に奉承す〈機嫌を取る〉。かの身分の模樣〈体つき〉、この氣毬、一に鰾膠の粘して身上に在るに似る。
端王 大喜し、いづくに肯へて高俅を放ちて、府に回らしめん。就ち留めて宮中に在き、一夜を過す。

◆高俅が、端王に召される

次日、筵會を排して、專ら王都尉に請じて、宮中の宴に赴らしむ。
王都尉 當日晚に高俅の回らざるを見て、正に疑思するの間、只だ見る、次日、門子 報じ道ふ、
「九大王 人を差はして令旨を傳へ、太尉に請じて宮中に到り、宴に赴らしむ」
王都尉 出で來り、かの幹人を見て、令旨を看て、隨ちに上馬し、九大王府の前に到り、下馬して宮に入る、端王に見ふ。
端王 大喜し、両般の玉玩器を稱謝す。席に入りて飲宴するの間、端王 説ふ、
「この高俅、兩腳の好氣毬を踢り得たり。孤 欲此の人を索〈もと〉めて、親隨と做さんと欲す。如何?」
王都尉 答ふ、
「殿下 既に此の人を用ふ。就ち留めて宮中に在しめ、殿下に伏侍せしめん」
端王 歡喜し、杯を執りて相ひ謝す。
二人 又 閒話すること一回、晚に至りて、席 散ず。王都尉 駙馬府より回る。

◆端王が天子に即位する

端王 索めて高俅を伴と做すの後、就ち宮中に留めて宿食せしむ、高俅 此より端王に遭際して、每日 跟隨して、寸歩も離れず。
未だ両月に及ばず、哲宗皇帝 晏駕す。太子なし。文武・百官 商議し、端王を冊立して天子と為す。帝號を立てて徽宗と曰ふ、
便ち是れ、玉清教主 微妙道君皇帝なり。

登基の後、一向 無事なり。忽ち一日、高俅に道ふ、
「朕 你を抬挙せんと欲す。但だ邊功〈国境での武功〉有らば、方に陞遷す可し。先づ樞密院をして你のために名を入れしむ」
只だ駕に隨ひて遷轉するの人、後來、半年の間もなく、直ちに高俅を抬挙して、殿帥府の太尉なる職事に到らしむ。


◆高俅が王進の仮病を疑う

高俅 殿帥府の太尉と做り、吉日・良辰を選揀し、殿帥府裏にて到任す。所有〈あらゆる〉一應・合屬の〈配下の〉公吏・衙將、都軍・監軍、馬歩人ら、盡く参拜し、各々手本〈名刺〉を呈し、花名を開報す。
高殿帥 一一點過するに、内に只 一名を欠く。八十萬の禁軍教頭たる王進なり。半月の前、已に病状有りて官に在り、患病 未だ痊えず。曾て衙門に入りて管事せず。高殿帥 大怒し、喝して道ふ、
「胡説、既に手本有りて呈るも、かの官府に抗拒し、下官を搪塞する〈ごまかす〉にあらずや。此の人 即ち病を推して家に在るに係らん。快く拿〈とら〉へ來れ」

隨ち人を差はし、王進の家に到り、王進を捉拿せしむ。
この王進 妻子なく、只だ老母あり、年は已に六旬の上なり。牌頭 教頭たる王進のために説ふ、
「今、高殿帥 新らたに上任に來る。你を點じて〈点呼して〉著せず、軍正司 稟し説ふ、『患に染みて家に在り、病患の状ありて官に在り』と。高殿帥 焦躁し〈怒り〉、いづくに肯へて信ぜん。定めて你を拿へんとし、只だ道ふ、『教頭 詐病して家に在り』と。教頭 只だ得たり、去走して一遭するを。若し還た去かずんば、定めて衆小人を連累せん」

王進 聽き罷はり、只だ得たり、病を捱〈こら〉えて来るを。殿帥の府前に進み、太尉に參見す。拜すること四拜、身を躬〈かが〉めて、喏〈目上への挨拶の言葉〉を唱へ、一邊に立つ。
高俅道ふ、
「你 便ち都軍の教頭たりし王昇の兒子なるや」
王進 稟す、
「小人 便ち是なり」
高俅 喝す、
「你の爺 街市にて花棒もて藥を賣れるものなり。你 なにの武藝を省〈し〉らん。前官 眼なく、你を參して教頭と做せり。如何ぞ敢へて我を小覷して〈馬鹿にして〉、俺が點視に伏せざるや。你 誰の勢に托して、病と推して家に在り、、安閒 快樂するや」
王進 告ぐ、
「小人 いかんぞ敢へてせん。其の實、患病 未だ痊えず」
高太尉 罵る、
「賊配軍、你 既に病を害〈や〉まば、如何ぞ來たり得たるや」
王進 又 告ぐ、
「太尉 呼喚す。安んぞ敢へて來らざらんや」
高殿帥 大怒し、左右に喝令す、
「拿下して、力を加へて打て」

衆多の牙將 すべて王進と好きものなり。只だ得たり、軍正司とともに告ぐ、
「今日、太尉 任に上りたる好日頭なり。權に此の人を、この一次のみ免〈ゆる〉せ」
高太尉 喝す、
「你 この賊配軍、且らく衆將の面を看て〈お前らに免じて〉、今日を饒恕せん。明日、你と理會せん〈始末をつけよう〉」

◆王進が逃亡を決める

王進 謝罪して罷はり、頭を抬〈もた〉げて看て、認め得たり、是れ高俅なるを。衙門を出でて、口氣を歎じて道ふ、
「俺が性命、今番は保ち難し。俺 道〈おも〉ふに、なにの高殿帥やと。原來、正に東京幫閒の『圓社』たりし高二ならんとは。先時、〈高俅は〉曾て棒を使ふを学び、我が父親の一棒に打翻せられ、三・四月、將息して起たず。此の讎〈あだ〉あり。
他 今日に發跡し、殿帥府の太尉と做る。正に讎に報ゐんと待〈ほっ〉す。我 想はざりき、正に他の管に属す〈支配を受く〉。古より道ふ、『官を怕れず、只だ管を怕る〈公儀よりも支配者がこわい〉』と。俺 如何んぞ他と争はん。いかにして是れ好からん」

回りて家中に到り、悶悶として已まず。母に此の事を説知す。母子二人、頭を抱へて哭す。母道ふ、
「我が兒よ、三十六手、走ぐるを上と為す。只だ恐る、走るに處なきを」
王進道ふ、
「母親 説くこと是なり。兒子 尋思するに、また、かように計較す。只だ有り、延安府の老種、經略の相公。邊庭を鎮守す。他の手下の軍官、多く曾て京師に到るもの有り。兒子の鎗棒を使ふさまを愛す。何ぞ逃げて他らに投奔せざらん。かしこは人を用ふるの處たり。安身・立命す可きに足る」……

母・兒 両個、商議 定まれり。
其の母 又 道ふ、
「我が兒、你と私走せんと要〈ほっ〉するも、只だ恐る、門前の両個の牌軍、是れ殿帥府より撥來して、伏して你を侍つものなり。他 若し知らば、須らく走ぐれども脱せず」
王進道ふ、
「妨げず。母親 放心せよ。兒子 自ら道理有り、他を措置せん」