水滸伝訓読:第1回(3/3)

◆太尉が伏魔之殿に、興味をもつ

次日、早膳の以後、真人・道衆、並びに提點・執事の人ら、太尉に請ひて游山せしむ。太尉 大いに喜ぶ。許多の人從 隨ひ、歩行して方丈を出づ、
前面の両個の道童 路を引き、行きて宮前・宮後に至り、許多の景緻を看玩す。三清殿上、富貴 言を盡くす可からず。左廊下に、九天殿・紫微殿・北極殿あり。右廊下に、太乙殿・三官殿・驅邪殿あり。
諸宮 看ること遍ねくして、右廊後の一所に到る。

洪太尉 看る時、另外に一所の殿宇あり。一遭 みな搗椒の紅泥牆あり。正面は両扇の朱紅の隔子、門上には肐膊たる大鎖もて使著す。交叉の上面に十數道の封皮を貼り、封皮上に又 重重疊疊に朱印を使著す。
簷前の一面 硃紅・漆金字の牌額あり、上に四個の金字を書し、寫して「伏魔之殿」と道ふ。
太尉 門道を指して、「此の殿 なにの處ぞ」と問ふ。
真人 答へて道ふ、
「此れ乃ち、前代の老祖天師 魔王を鎖〈とざ〉せる鎮の殿なり」
太尉 又 問ひて道ふ、
「如何んぞ上面に、重重疊疊に、許多の封皮を貼る?」
真人 答へて道ふ、
「此れは老祖 大唐の洞玄國師 魔王を封鎖して此に在り。但だ經傳する一代の天師、親手もて便ち一道の封皮を添へ、其の子子孫孫をして、妄りに開を得て、魔君を走らし、非常に利害あるを得ざらしむ。今 八九代の祖師を經て、誓ひて開へて敢かず。鎖は銅汁を用ゐて灌鑄せり。誰か裏面の事を知らん。小道〈私は〉自來 本宮に住持すること三十餘年、また只だ聽聞するのみ」

◆太尉が封印を解かせる

洪太尉 聽き、心中 驚き怪しみ、想道す、
「我 且く試みに魔王を看一看せん」
便ち真人に説く、
「你 且つ門を開け。我 魔王のいかなる模樣たるかを看ん」
真人 告げ道ふ、
「太尉、此の殿は決して敢へて開かざらん。先祖の天師 叮嚀に告戒す。今後の諸人、擅ままに開くを許さず」
太尉 笑ひて道ふ、
「胡説〈妄言〉なり。你ら妄りに怪事を生じ、良民を煽惑し、故意にかくのごときを安排し、假〈いつ〉はりて魔王を鎖もて鎮むると稱し、你らが道術を顯耀するのみ。我 一鑒の書を讀めるも、何ぞ曾て鎖魔の法を見んや。神鬼の道、處ること幽冥を隔つ。我 魔王の内に在るを信ぜず。快疾に〈さっさと〉我がために打開せよ。我 魔王の如何なるやを看ん」

真人 三回五次 稟〈もう〉し説〈い〉ふ、
「此の殿 開くことは得ず、恐らくは利害を惹き、人を傷なふこと有らん」
太尉 大いに怒り、道衆を指して説ふ、
「你ら開きて我がために看せずんば、回りて朝廷に到り、先づ你ら衆道士の宣詔を阻當し、聖旨に違別し、我をして天師に見えしめざるの罪犯を奏さん。後に你らが私かに此の殿を設け、魔王を鎖鎮すと假稱し、軍民・百姓を煽惑するを奏さん。你を把りてみな度牒〈道士の認可状〉を追ひ、遠惡の軍州に刺配〈刺青と配流〉して苦を受けしめん」

真人ら太尉が權勢を懼怕し、只だ得たり、幾個の火工・道人〈労働者〉を喚び、先づ封皮を揭し、鐵鎚をもって大鎖を打開せしむ。衆人 門を推開し、裏面を看る時、黑洞洞地たり。但だ見る、……(とっても暗くなった)

◆「洪に遇ひて開く」

衆人 一齊にみな殿内に到るも、黑暗暗として一物を見ず。太尉 從人をして十數個の火把〈松明〉を點けしめ、一照する時、四邊 並びに一物も無し。只だ中央に一個の石碑、約そ高さ五・六尺、下面の石亀の趺坐〈台座〉、大半 陷りて泥裏に在り。かの碑碣の上を照す時、前面は、みな龍章・鳳篆、天書・符籙、人 皆 識らず。
かの碑の後ろを照す時、四個の真字有り。大書して鑿す、
「洪に遇ひて開く」
一には、天罡星の世に出づるに合當し、二には、宋朝 必ず忠良を顯はし、三には、輳巧〈ちょうど〉洪信に遇ふことならずや。豈に天数にあらざらんや。

洪太尉 この四字を看て、大いに喜び、便ち真人に説ふ、
「你ら我を阻むも、いかに數百年の前より、已に我が姓字を註定して此に在るや。『洪に遇ひて開く』は、分明に我をして開きて看しむるに、何ぞ妨ぐる。我 想ふに、この魔王は、みな只だ石碑の底下に在らん。汝ら從人、多く火工人らを喚び、鋤頭・鐵鍬もて掘開せよ」

真人 慌忙して諫めて道ふ、
「太尉 掘動す可からず、恐らくは利害有りて、人を傷犯せん。穩便なるべからず」
太尉 大怒し、喝して道ふ、
「你ら道衆、なにを省得〈知る〉せんや。碑上 分明に鑿つ、我に遇ひて開かしむると。你 如何ぞ阻むや。快〈はや〉く人を喚びて開かしめよ」
真人 又 三回・五次 稟して道ふ、
「恐らくは好かざる有らん」

◆百八の星を解き放つ

太尉 いづくに肯へて聽かん、
只だ衆人を聚集し、先づ石碑を放倒し、一齊に力を併せて、かの石亀を掘、半日 方纔に掘りて起す。又 掘り下げ、約そ三・四尺の深さ有り、一片の大青なる石板の、方丈の圍ばかりなるを見る。洪太尉 再び掘らしむ。真人 又 苦〈ねんご〉ろに稟して道ふ、
「掘動す可らず」
太尉 いづくにか肯へて聽かん、
衆人 只だ得たり、石板を一齊に扛起す。看る時、石板の底下に、萬丈・深浅の地穴あり。只だ見る、穴の内、刮喇喇〈ガラガラと〉一聲 響亮す。その響き、非同小可〈ただごとでなく〉、恰かも似たり、……

かの一聲の響亮 過ぐる處、只だ見る、一道の黑氣、穴裏より滾き〈熱湯のように沸き〉、半個の殿角を掀塌す〈引きめくって潰す〉。かの黑氣、直ちに沖して半天の空中に到り、散じて百十道の金光と作り、四面・八方を望みて去く。
衆人 一驚を喫し、聲喊を發して、みな走ぐ。鋤頭・鐵鍬を撇し、盡く殿內より奔り、推倒・転翻するもの無數なり。
驚きて、洪太尉 目は睜〈みは〉り、口は呆〈ひら〉き、措く所を知らず、面色 土の如し。奔りて廊下に到る、只だ見る、真人 前に向ひ、苦を叫びて迭〈およ〉ばず。

太尉 問ひて道ふ、
「走ぐるものは、なにの妖魔ぞ?」
かの真人 言ふこと數句を過ぎず、話すこと一席を過ぎず、この縁由を説く。
分教〈子細〉有り、一朝にして皇帝、夜眠も穩やかならず、昼食も餐するを忘る。畢竟 龍虎山の真人、いかなる言語を説くや。且聽下回分解。