水滸伝訓読:第1回(2/3)

◆童子と遭遇して、引き返す

再び銀提爐を拿し、身上の詔敕、並びに衣服・巾幘を整頓し、再び山に上らんと待〈ほっ〉す。只だ聽く、松樹の背後に、隱隱地〈ほのかに〉笛聲 吹き響きて、漸漸に近づくるを。太尉 晴〈ひとみ〉を定めて看る時、只だ見る、かの一個の道童、倒〈さかさま〉に一頭の黄牛に騎り、橫に一管の鐵笛を吹き、山凹を轉出し来る。太尉 かの道童を看る。

但だ見る、かの道童 笑ひて吟吟地〈にこにこと〉黄牛に騎り、橫に鐵笛を吹き、正に山を過ぎ来る。洪太尉 見て、便ち道童を喚び、
「你 いづくより来れる。我を認むるや」
道童 睬せず〈取りあわず〉、只だ笛を吹く。太尉 連問すること數聲、道童 呵呵大笑し、鐵笛を拿ちて、洪太尉を指して説く、
「你 此の間に來るは、天師に見ゆることを要むるに非ざる莫きや」
太尉 大驚し、便ち道ふ、
「你 牧童なり、如何ぞ知るを得たる」

道童 笑ひて道ふ、
「我 早間 草庵中に在りて、天師に伏侍す。聽き得たり、天師の説きて、
『今上皇帝 洪太尉を差はし、丹詔・御香を齎擎し、山中に到り、我に宣して東京に往き、三千六百分の羅天大祭を做し、天下の瘟疫を祈禳せしむ。我 今 鶴に乘りて雲に駕して去かん』
と道ふを。この早晚 想ふに、是れ去きに、庵中に在らず。你 上る休かれ。山内に、毒蟲・猛獸 極めて多し。恐らくは你の性命を傷害せん」

太尉 再び問ふ、
「你 謊〈いつはり〉を説くなかれ」
道童 笑ふこと一聲、また回應せず。又 鐵笛を吹き、山坡を過ぎて去く。
太尉 尋思〈思案〉して道ふ、
「この小児 如何んぞ盡く此の事を知れる。想ふに、天師 他に分付せるならん。已に定めて是ならば、再び山に上らんと欲するとも、いまの驚諕の苦、爭些兒〈あやうく〉性命を送〈うしな〉ふ。如かず、下山して罷まんには」と。

◆童子が天師だったことを知る

太尉 提爐を拿し、再び舊路を尋ね、奔りて下山す。
衆道士 接して、請じて方丈に至りて坐下せしむ。真人 便ち太尉に問ふ、
「曾て天師に見へしや」
太尉 説く、
「我 朝中の貴官なり。如何んぞ俺をして山路を走して、かの辛苦を喫せしめ、爭些兒〈危うく〉性命を送はしむるや。まづ半山に至り、一隻の弔睛白額なる大蟲を跳出し、驚きて下官の魂魄 都て沒したり。又 行きて一個の山嘴を過ぎずして、竹藤裏より一條雪花なる大蛇を搶出し、盤して一堆と做り、路を攔住せり。若し俺が福分 大ならずんば、如何んぞ性命を得て京に回らんや。盡く你 道眾 下官を戲弄するなり」

真人 覆〈こた〉へて道ふ、
「貧道ら、いかんぞ敢へて大臣を輕慢せん。これは祖師 太尉の心を試探するのみ。本山 蛇・虎有ると雖も、並びに人を傷けず」
太尉 又 道ふ、
「我 正に走り動ぜず、方に再び山坡に上らんと欲す。只だ見る、松樹の旁邊より、一個の道童を轉出し、一頭の黄牛に騎り、管の鐵笛を吹き、正に山を過ぎ來る。我 便ち他に問ふ、『いづくより來る。俺を識るや』と。他 道ふ、『已 都て知れり』と。説くらく、天師 分付し、早晨 鶴に乘りて雲に駕して、東京に往くと。下官 此に因りて回る」と。

真人道ふ、
「太尉 錯過を惜む可し。かの牧童、正に天師なりしを」
太尉道ふ、
「他 既に天師なれば、如何んぞ、かくのごとく猥なるや」
真人 答へて道ふ、
「この代の天師は、小可に同じきに非ず〈普通でない〉。然く年幼なりと雖も、其の實 道行は非常なり。他は額外〈そんな具合の〉の人なり。四方に化を顯はし、極めて靈驗あり。世人 皆 稱して『道通祖師』と為す」

洪太尉道ふ、
「我 直だ此の如く、眼有るとも真師を識らず。當面に錯過せり」
真人道ふ、
「太尉 且〈しばら〉く請ふ、放心あれ。既に然く、祖師 旨に法ると道へり。太尉 京に回へる日に及ぶに比〈あた〉つては、この場の祭事、祖師 已に都て完了せるならん」
太尉 説ふことを見て、まさに放心〈安心〉す。

真人 一面に筵宴を安排し、太尉を管待せしめ、丹詔を請將して、御書匣内に收藏し、留めて上清宮中に在〈お〉き、龍香は三清殿上に就〈お〉いて焼く。
當日、方丈の内に、大いに齋供を排し、宴を設けて飲酌す、晚に至りて席 罷み、止宿して曉に到る。