水滸伝訓読:第97回

◆盧俊義が、田虎軍の孫安を降す

戴宗からの伝言で、別軍の盧俊義が、田虎を降したことが説明される。孫安は、このたびの降将のなかで、けっこう有力な人物なのに、伝言で語られるのだから、盛り上がりに欠ける。
孫安は、「喬道清は同郷なので、私が説得して降そう」という。宋江は、孫安に、喬道清のところに行くことを許す。

◆喬道清が、昭徳の陥落を知る

喬道清 費珍・薛燦、十五・六軍士のとともに、神農廟裏に藏匿す。本廟の道人 粗糲を借索して、饑ゑに充つ。この廟裏、止だ三道人あり、喬道清ら他に累月 募化して積下する飯をもって、都て吃らひ盡くす。又 他の人の衆きを見て、只だ得たり、氣を忍びて聲を吞むを。

是の日、喬道清 城中の吶喊するを聽き、便ち廟より出でて高崖に登りて遼望するに、見る。城外の兵 已に圍みを解き、門内に人馬の出入する有り。宋兵 已に入城するを知る。
正に嗟嘆するに、忽ち見る、崖畔の樹林中、走り出づるは樵者。腰に柯斧を插しはさみ、扁擔もて拐杖と做し、一歩歩に捉腳兒に崖を走上す。口中に 歌を念じて道ふ、

山に上るは舟を挽くが如く、山を下るは流に順ふが如し。舟を挽くは、常に自ら戒め、流に順ふは常に自ら由あり。我、今 山を上る者、預め下山の謀を為す。

喬道清 この六句の樵歌を聽き、心中に頗る恍然たるを覚ゆ。便ち問ふ、
「你 城中の消息を知るや」
樵叟道ふ、
「金鼎・黃鉞、副將の葉聲を殺し、已に城池もて宋朝に歸順す。宋江の兵 刃に血ぬらず、昭德を得たり」
喬道清 道ふ、
「原來 此の如きか」

かの樵者 説き罷はり、石崖を轉過し、山坡を望みて後に去る。
喬道清 又 一騎を見る、路を尋ね嶺に上り、漸く廟前に近づく。喬道清 崖を下りて觀看るに、一驚を吃す。
原來 是れ殿帥の孫安なり。
「他 いかんぞ便ち此處に到る」
孫安 下馬し、上前して禮を敘し畢はる。
喬道清 忙はしく問ふ、
「殿帥 兵を領して晉寧に往く。いかんぞ独り此に到る。嶺下 許多の軍馬あり。いかんぞ攔當せざる」

孫安道ふ、
「好し、兄長をして知るを得しめん」
喬道清 孫安の『國師』と称せざるを見て、已に三分の疑慮あり。
孫安道ふ、
「且く廟中に到り、細細に備述せん」
二人 廟に進む。費珍・薛燦 みな來りて相ひ見畢はる。孫安 方に晉寧にありて獲られ投降するの事、一遍を説けり。喬道清 默然として語無し。

◆孫安が、喬道清を説得して、宋軍に降す

孫安道ふ、
「兄長 狐疑する休かれ。宋先鋒ら十分に義氣あり。我ら麾下に投じ、天朝に歸順す。後に亦 結果を得り。孫某 此に來るは、特に兄長の為なり。兄長 往時、曾て羅真人を訪ねたるや否や」
喬道清 忙はしく問ふ、「你 如何にして知るや」
孫安道ふ、
「羅真人 兄長に接見せず、童子をして命を傳へしむ。你に説けり、後に『德に遇ひて魔は降る』と。この句話 有りや?」

喬道清 連りに忙はしく答ふ、
「有り、有り」
孫安道ふ、
「兄長の法を破るの人、你 認め得るや」
喬道清道ふ、
「他は我が対頭〈ライバル〉なり。只だ知る、他 宋軍中の人なり。他の来歴を知らず」
孫安道ふ、
「則ち他は便ち、羅真人の徒弟なり。叫びて公孫勝と做す。宋先鋒の副軍師なり。この法語、また他の小弟に説けるものなり。此の城 叫びて昭德と做す。兄長の法 破れ、是れ、『德に遇ひて魔は降る』に合するにあらざる可きや。
公孫勝 專ら真人の法旨の為に、你を點化せんと要〈ほっ〉し、同に正道に歸せしめんとす。兵馬もて圍困するも、山を上りて擒捉せざる所以なり。他 既に法もて你に勝つべし。他 若し你を勝せんと欲せば、此 又 何ぞ難からん。兄長 迷ひを執るべからず」
喬道清 言下に大いに悟り、遂に孫安とともに費珍・薛燦を帶領し、嶺を下る。公孫勝の軍前に到る。

◆喬道清が、公孫勝を師とあおぐ

孫安 先づ營に入りて報知す。公孫勝 寨を出でて迎接す。
喬道清 寨に入り、拜伏して罪を請ふ、
「法師の仁愛を蒙り、喬某一人の為に、大軍を勞するを致す。喬某の罪 益々深し」
公孫勝 大喜し、答拜して迭〈およ〉ばず、賓禮を以て相待す。

喬道清 公孫勝の此の如きの意氣を見て、便ち道ふ、
「喬某 眼あるとも好人を識らず。今日 法師の左右に侍るを得て、平生 幸あり」
公孫勝 傳令して圍を解く。樊瑞ら衆將、四面に寨を拔けて、みな起つ。

公孫勝 喬道清・費珍・薛燦を率領して、城に入り、宋先鋒に参見す。
宋江 禮を以て相ひ待し、好言もて撫慰す。
喬道清 宋江の謙和なるを見て、愈々欽服を加ふ。

公孫勝が、喬道清の方術の未熟さを指摘すると〉

喬道清 聽き罷はり、夢みて方に覚むるに似る。公孫勝に拜して師と為す。宋江公孫勝の説くこと明白・玄妙なるを聽き、みな公孫勝の神功・道德を稱贊す。

 

◆中央の動向

宋江は、中央に戦勝を報告した。
ところが、蔡京・童貫が、「宋江は戦いに敗れた」と、詐りの報告をしているところだった。
宋江の上官にあたる陳安撫も、蔡京・童貫に陥れられた。「陳安撫は、徽宗の父を尭に準えることで、徽宗を尭の不肖の息子に準えている」と。
祝太尉が、宋江・陳安撫のために、弁明をしてくれた。

 

◆田虎の妻の兄・鄔梨の登場

田虎 奏を聞きて大驚し、文武の衆官を會集す。統軍大將の馬靈ら、廷に當りて商議す。
「即日、宋江 邊界を侵奪し、我が両座の大郡を占め、衆多の兵將を殺死す。喬道清 已に他に圍困せらる。汝ら如何に處置せん」

國舅の鄔梨 奏す、
主上 憂ふ勿かれ。臣 國恩を受く。願はくは軍馬を部領し、克日 師を興し、前に昭德に往き、務めて要〈かなら〉ず、宋江らの衆を擒獲し、奪はるる城池を恢復せん」

かの鄔梨といふ國舅、もとは威勝の富戸なり。
鄔梨 骨に入りて槍棒を使ふを好む。兩臂に千斤の力氣あり、好く硬弓を開く。五十斤重の潑風大刀を使ふに慣る。
田虎 知る、他の幼妹 大いに姿色あるを。便ち娶りて妻と為す。遂に鄔梨を封じて樞密と為す。稱して國舅と做す。

鄔梨の國舅 又 奏す、
「臣の幼女〈娘〉たる瓊英、近く神人〈じつは張清〉を夢み、武藝を教授せらる。覚むれば便ち膂力 人に過ぐ。但だ武藝に精熟するのみならず、更めて神異の手段あり。手に石子を飛し、禽鳥を打擊せば、百發して百中なり。近來 人 みな他を稱して『瓊矢鏃』と做す。臣 幼女に保奏して先鋒と為す。必ず成功するを獲ん」

田虎 隨ち旨を降し、瓊英を封じて「郡主」と為す。
鄔梨 謝恩するに、又 統軍大將の馬靈の奏する有り、
「臣 願はくは軍馬を部領し、汾陽に往きて敵を退けん」
田虎 大喜し、みな金印・虎牌を賜はり、明珠・珍寶を賞賜す。

◆メモ

この瓊英というのが、のちに張清と結婚する。そして、宋軍の味方をして、田虎を滅ぼす。つぎの王慶の討伐(第百回~第百十回)でも活躍する。妊娠して引退して、方臘の討伐には出てこない。という、百二十回本のオリジナルキャラ。

百二十回本は、道士の喬道清と、郡主の瓊英の2人が、キャラが立っている。喬道清のお世話役として、凡人の武将ワクに、孫安がいる。彼にも、キャラを付けてあげたい。