水滸伝訓読:第96回
◆公孫勝が、喬道清をやぶる
宋陣の内に喬道清の妖術を破る先生は、正に入雲龍の公孫勝なり。他 衛州に在り、宋先鋒の將令に接し、即ち王英・張清・解珍・解寶とともに、星夜 軍前に趕到す。寨に入り、宋先鋒に參見す。恰かも喬道清の妖法を逞弄し、樊瑞を戰敗するに遇ふ。
かの日は、二月初八日なり。干支は戊午なり。戊は土に屬す。
公孫勝 就ち天幹の神將に請ひて、かの壬癸の水を克破し、妖氛を掃蕩し、青天の白日を現出せしむ。
宋江・公孫勝 両騎馬 同に陣前に到るや、喬道清の滿面に羞慚して、軍馬を領して南を望み、便ち走ぐるを看見す。
公孫勝 宋江に道ふ、
「喬道清 法に敗れて奔走す。若し他を放ちて城に進めしめば、便ち根を深くし蒂〈ほぞ〉を固めん。兄長 疾忙に令を傳へよ。徐寧・索超をして、兵五千を領せしめ、東路より抄して南門に至り、去路を絶住せしめよ。王英・孫新をして、兵五千を領せしめ、馳往して西門に截住せしめよ。如し喬道清の兵 敗れて到來するに遇へば、只だ他の進城の路を截住せよ。必ずしも他を廝殺せざれ」
◆公孫勝と喬道清が、再戦する
〈宋軍に追いつかれた喬道清は、突破を試みる〉
喬道清 高く叫ぶ、
「水窪の草寇〈水たまりの盗人〉、焉んぞ、かくのごとく人を欺負するを得んや。俺 再び你と勝敗を決せん」
原來 喬道清なるもの、涇原に生長す。是れ西北の地面を極む。山東の道路と遙遠たり。知らず、宋江ら衆兄弟の詳細を。……
入雲龍の公孫一清、手中に劍に仗り、喬道清を指して説く、
「你が、かの學術、すべて外道なり。正法を聞かず。快く下馬して歸順せよ」
喬道清 仔細に看れば、正にかの法を破るの先生なり。……
喬道清 公孫勝に道ふ、
「今日 偶爾〈たまたま〉行法 靈あらざるも、我 如何ぞ便ち你に降服せん」
公孫勝道ふ、
「你 還た敢て、かの鳥術を逞弄せんや」
喬道清 喝す、
「你また俺を小覷す。再び看よ、俺が法を」
◆武器を操って、空中で闘わせる
喬道清 精神を抖擻し、口中に念念と詞あり、手を把りて〈田虎軍の〉費珍を望みて一招す。只だ見る、費珍の手中に執れる點鋼槍、却りて人に劈手して一奪せらるるに似て、忽地〈たちまち〉手を離れ、騰蛇の如く飛起し、公孫勝を望みて刺來す。公孫勝 劍を把りて秦明を望みて指すに、かの狼牙棍、早く手より離れ、鋼槍を迎して、一往・一來、ソツ風に空中に在りて相ひ闘ふ。
兩軍 聲を疊みて喝采す。
にはかに一聲 響き、兩軍 発喊す。空中の狼牙棍、槍を打落せしむ。冬的の一聲あり、倒さまに插して北軍の戰鼓の上にあり。戰鼓を搠破す。かの戰鼓を司るの軍士、嚇されて面は土色の如し。
かの狼牙棍、依然として復た秦明の手中に在り。恰かも似る、曾て手を離れざるに。宋軍 笑ひて眼花 縫なし。
公孫勝 喝す、
「你 大匠の面前にて斧を弄ぶ〈ようなものだ〉」
◆喬道清が龍を呼び、公孫勝が鳥で叩き落とす
喬道清 又た訣を捏じ咒を念じ、手を北に望みて一招し、聲を喝す、
「疾」
只だ見る、北軍〈田虎軍〉の寨後、五龍山の凹裏より、忽ち一片の黑雲 飛起す。雲中より黑龍を現出す。鱗を張り鬣を鼓し、飛来す。
公孫勝 呵呵大笑し、また手を五龍山に望みて一招す。
只だ見る、五龍山の凹裏より、飛電の如く、黃龍を掣出す。半雲・半霧、黑龍を迎へ、空中に相ひ闘ふ。
喬道清 又た叫ぶ、
「青龍 快く來たれ」
只だ見る、山頂の上、才づかに青龍を飛出し、隨後に又 白龍ありて飛出す。趕ひて上前し、迎住す。両軍 看て目は瞪はり口は呆る。
喬道清 劍に仗りて大叫す、
「赤龍 快く出でて幫助せよ」
須臾、山凹裏より又 赤龍を騰出し、飛舞す。
五條の龍 空中に亂舞す。正に按ず、金・木・水・火・土の五行、互いに生み互いに克ち、攪〈みだ〉して一團と做る。
狂風 大いに起り、両陣の旗を捧ぐる軍士、風に卷動せられ、一連に數十個を顛翻す。
公孫勝 左手は劍に仗り、右手は麈尾〈払子〉を把り、空を望みて一擲す。かの麈尾 空中に在りて、この滾〈払子〉を打し、鴻雁の鳥に化成して、飛起す。
須臾、漸く高く漸く大に、扶搖して上る。直ちに九霄の空に到り、大鵬に化成す。翼は垂天の雲の若し。かの五條の龍を望みて、撲擊し下來せしむ。只だ聽き得たり、刮 剌剌に響く。却りて似る、青天に霹靂を打するに。かの五條の龍を撲打して、鱗は散じ甲は飄〈ひるがへ〉る。
◆喬道清が使った龍の説明
原來 五龍山に靈異あり。山中 常に五色の雲ありて現はる。龍神 夢を居民に托し、此に因りて廟宇を起建す。中間に龍王の牌位を供す。又 五方を按じ、青・黄・赤・黑・白の五條の龍を塑成す。方向を按じて、柱に蟠旋す。すべて泥塑・金裝の彩畫を就すものなり。
二人の法に用ひて遣來して相ひ闘はさる。公孫勝 麈尾もて大鵬に化成せられ、五條の泥龍を搏擊して粉碎す。北軍の頭上を望みて、亂紛紛と打將下來す。
北軍 喊を發し、躲避すること迭〈およ〉ばず、かの年久の幹硬する泥塊に打され、臉は破れ額は穿つ。鮮血 迸流す。その時、二百餘人を打傷し、軍中 亂竄す。
喬道清 手を束ねて術なく、能く解救せず。半空より黃泥の龍尾を落下し、喬道清の劈頭に一下す。あやふくも頭もて打破せんとす。道冠を把りて打癟す〈打ちしやぐ〉。
公孫勝 手を一招すれば、大鵬 寂然と見えず。麈尾 仍ち手中に歸す。
喬道清 再た妖術を使はんとするに、公孫勝に五雷正法の神通を運動せられ、頭上に一尊の金甲神人を現出し、大喝す、
「喬冽 下馬して縛を受けよ」
喬道清 口中に喃喃吶吶とする念咒、並びに一毫も靈驗なし。慌てて喬道清 手を挙げて措くところ無く、馬を拍ちて本陣を望みて便ち走ぐ。
◆公孫勝は師から、喬道清の善導を頼まれていた
〈公孫勝が、逃げた喬道清を捕まえにいく〉
宋江道ふ、
「賢弟の神功に賴り、災厄を解救す。賢弟 遠來して勞頓す。ともに大寨に回りて歇息せよ。明日、再び理會せん。喬道清 こやつ法は破れて計は窮まる。料るに、他に虞れ無し」
公孫勝道ふ、
「兄長 知らざる所あり。本師の羅真人 常に小弟に説ふ、
『涇原に喬冽あり。他 道骨あり曾て來りて道を訪ふ。我 暫く他を拒む。他の魔心 正に重きに因り、亦た下土の生靈 惡を造し、殺運 未だ終らず。他 後に魔心 漸く退き、機緣 到來せば、德に遇ひて服す。恰かも機緣ありて汝に遇ふ。汝 他を點化すべし。後に亦た得て、玄微を悟らん。日後、亦た他を用ふるの處あり』と。
小弟 衛州にて令に遵ひ、前來す。路に妖人の來歷を問ふ。張將軍〈張清〉説ふ、
『降將の耿恭 他の備細を知り、道ふ、是れ喬道清とは即ち涇縣の喬冽なり』と。
いま他の法を見るに、小弟と肩を比〈ひと〉しうして相ひ似たり。小弟 本師の羅真人の五雷正法を傳授するを得たり。他の法を破り得る所以なり。
此の〈喬道清が逃げこんだ〉城、叫びて昭德と做す。本師の、『德に遇ひて、魔は降る』の法語に合ふ。若し他を放ちて逃遁せしめ、倘し此の人 魔障に墮陷せば、本師の法旨に違ふ。此の機會 錯過す可からず。小弟 即刻 就ち兵を領して追趕し、機に相〈み〉て他を降服せんに、只だ一席話にして説得せん」
宋江の心胸 豁然として、稱謝して已まず。
衆將とともに軍馬を統領し、營に回りて食息す。公孫勝 樊瑞、單廷珪・魏定國と、一萬の軍馬を統領し、喬道清を追趕す。
〈宋軍は、喬道清を追い詰めた。喬道清は自刎を思いとどまり、神農廟のある百谷嶺に籠もる。宋軍に重囲された〉
◆呉用が、昭徳城から李逵を助ける策を考える
宋江、次日、探知す。喬道清 公孫勝らに兵馬もて圍まれ、百穀嶺に困するを。即ち吳學究と攻城するを計議す。令を傳へて、大兵 寨を拔き營より起ち、昭德の城下に到る。
宋江 將佐を分撥し、昭德に到る。圍みて、水泄も通ぜしめず。城中の守將たる葉聲ら、城池を堅守す。宋兵 一連に攻打すること二日、城 尚ほ破れず。
宋江 城南の寨中にあり、攻城するとも下らざるを見て、十分に憂悶す。
李逵ら陷せられ、性命の如何を知らず。覚えずして潸然と、涙下る。軍師の吳用 勸みて道ふ、
「兄長 必ずしも煩悶せざれ。只だ紙もて、此の城 手を唾いて得べし」
宋江 忙しく問ふ、
「軍師 何の良策あるや」
呉用 慌せず忙せず、両個の指頭を疊みて、計を説き出す。