水滸伝訓読:第95回

宋江が、喬道清の妖術に敗れる

李逵らは、喬道清に捕らえられた。宋江は、李逵が殺されたことを心配しつつ、喬道清に挑む。喬道清は、城門を開け、吊り橋を降ろして、余裕をかまして宋軍を迎える〉

宋先鋒 怒氣は胸に填ち、喬道清を指して罵る、
「逆を助くるの賊道、快く我が兄弟 及び五百餘人を放還せよ。略ぼ遲延あらば、你を拿〈とら〉へて、屍を萬段に碎かん」
道清 喝す、
宋江 無禮たるを得ざれ。俺 便ち你に放還せず。看ん、你 いかにして我を拿〈とら〉ふるや」
宋江 大怒し、鞭梢を把る。林沖・徐寧・索超・張清・魯智深・武松・劉唐 一齊に沖殺す。

喬道清 齒を叩きて法を作し、訣を捏して咒を念じ、劍を把りて西を望みて一指し、聲を喝して道ふ、
「疾」
霎時にして〈たちまち〉無數の兵將あり、西より飛殺して来る。早く宋兵を沖動す。喬道清 又 劍を把りて北を望みて一指し、口中に念念と詞あり、聲を喝して道ふ、
「疾」
須臾にして、天は昏く地は暗く、日色 光なし。砂を飛し石を走らせ、地を撼〈うご〉かし天を搖らす。

林沖ら衆將 正に殺上前す。前面 みな黃砂・黑氣あり、いづくに一個の敵軍を見ん。宋軍 戰はずして自ら亂れ、驚かされて坐下の馬 亂竄・咆哮す。林沖ら急ぎ馬を回し、宋江を擁護す。北を望みて奔走す。喬道清 兵を招きて掩殺し、宋江らの軍馬を趕〈お〉ふ。星は落ち、雲は散じ、七斷・八續す。兄を呼び、弟を喚び、子を覓〈もと〉め、爺を尋ぬ。

◆喬道清が陸を海に変え、宋江を追い詰める

宋江ら忙亂して奔走す。未だ半裏の地に及ばず、前面にかくのごとく奇怪なり、適才〈いま〉兵馬の來らんとする時、好好たる平原の曠野なり。卻りて、いかんぞ彌彌・漫漫たるや、一望 都て白浪 天に滔〈はびこ〉り、涯なく無なく、東洋の大海に似る。就ち肋に両翅を生ずるも、また飛び過〈え〉ず。後面より兵馬 趕ひ來る。
眼見し得たりは、都て死のみ。魯智深・武松・劉唐 聲を齊しくして大叫す、
「道ひ難し。手を束ねて縛に就かんと」
三個 力を奮ひて身を回し、北に殺來す。

猛可地〈にはかに〉一聲の霹靂、半空の中より、二十餘尊の金甲の神人を現出し、兵器を把りて〈宋軍の三人を〉亂打す。早く魯智深・武松・劉唐を把りて打翻す。北軍 趕ひ上り、また活け捉りにす。

又 大喊を聽く。道はく、
宋江 下馬して縛を受けよ。汝の一死を免〈ゆる〉さん」
宋江 天を仰ぎて嘆く、
宋江 死すとも惜しむに足らず。只だ君恩 未だ報ぜず、雙親は年老い、人の奉養する無し。李逵ら兄弟、曾て救ふを得ず。事 此の如きに到れば、只だ一死を拚〈す〉てて、得て擒はれて辱を受くるを免れん」

林沖・徐寧・索超・張清・湯隆・李雲・郁保四といふ七個の頭領、宋江を擁し、一塊に團聚し、みな道ふ、
「我ら兄長に願隨す。厲鬼と為りて、賊を殺さん」
郁保四 此の如き窘迫・慌亂なる地位に到り、身上に又 兩矢を中てらるとも、帥字旗、兀〈な〉ほ挺挺と捧げ、緊緊と宋先鋒に隨ひ、尺寸も離れず。北軍 帥字の旗 未だ倒れざるを見て、敢て胡亂して上前せず。

◆戊己の神が、宋江を逃がしてくれる

宋江ら已に劍を手に掣し、みな自刎せんと欲す。
猛〈にはか〉に見る、一人の走向前來するを。衆人を止住す、
「休此の如くなるを要する要れ〈待ちなさい〉。眾人 憂ふるなかれ。我 尊戊己〈土地の神〉なり。汝らの忠義を見て、特にかの妖水を克し、汝らを救ひて寨に歸らしめん」
衆將 かの人を看る時、生れ得て奇異なり。頭に両塊の肉角を長じ、體を遍く青黑色とし、赤髪・裸形、下體に條棍を穿き、左手に鈴鐸を執る。
かの人 地に就いて土を撮〈つか〉み、かの前面の海 白浪の滔天たる水を望みて、只だ一たび撒く。眼間を轉じ、就ち原來の平地を現出せしむ。
衆人に道ふ、
「汝ら應〈まさ〉に數日の災厄あり。今、妖水 已に滅す。速やかに歸營すべし。人を差はして衛州に到らしめ、方に解救すべし。汝ら力を勉めて國に報ぜよ」
言ひ訖はるや、一陣の旋風に化し、寂然として見へず。

衆人 驚き訝りて已まず。宋江を保護して、投奔して南す。行過すること五・六里、忽ち見ゆ、塵頭に起こる處、又 一彪の兵馬 南より來たる有り。
呉用 王英らとともに兵一萬を領し、前來して接應するなり。
宋江 吳用に道ふ、
「賢弟の言を聽かず、險些兒〈ほとんど〉相ひ見るを得ざらんとす」
呉用道ふ、
「且く寨中に到りて、再び説かん」と。

衆人 次第に寨裏に入到す。
かの、兵は敗れて困められ、神に遇ふの事を備述す。吳用 手を以て額に加へて道ふ、
「位尊戊己なるは、土神なり。兄長の忠義、后土の神を感動せしむ。土 能く水に克つなり」
宋江ら方才〈わづかに〉省悟し、空を望みて拜謝す。

此の時、天色 將に暮れんとす。敗殘の軍士の逃げ回るもの有り。説く、混亂の中、……死者 甚だ衆し。……宋江 軍士を計點するに、萬余を損折す。

〈喬道清は、宋江を逃がしたことを怪しんだ。李逵魯智深・武松らは、喬道清に捕らえられたが、屈服しない。鉄の膝を屈しない〉

◆喬道清が、宋軍の「混世魔王」を破る

〈宋軍のなかから、第六十一位の好漢・混世魔王の樊瑞が現れ、喬道清に挑むが敗れる。噛ませ狗として、妖術合戦に敗れる樊瑞のことは面白いけれど、ついに……〉

喬道清 武を揚げ、威を耀かし、高く叫ぶ、
「宋の兵中、再〈ま〉た手段の高強にして、神通の廣大なるもの有るや」
樊瑞 羞忿して交〈こもごも〉集まり、發を披り劍に仗り、馬上に立つ。平生の法力を使ひ盡くし、口中に咒語を念動す。
狂風 四起し、飛砂走石、天愁地暗、日色無光。樊瑞 人馬を招動し、沖殺せんとす。

喬道清 笑ふ、
「你のこの鳥術を量るに、なに事か幹〈な〉し得ん」
便ちまた劍に仗りて法を作し、口中に念念と詞あり。風 盡く宋軍に隨ひて亂滾し、半空中にまた一聲の霹靂あり、無數の神兵・天將、殺將下來す。宋の陣中、馬は嘶き人は喊ぎ、亂竄す。
喬道清 四偏將とともに、軍を縱し掩殺す。樊瑞の法術 靈あらず、抵當し住〈た〉へず、馬を回して便ち走ぐ。

公孫勝が現れ、喬道清の方術を無効化する

北軍 追ひ、正に萬分の危急あるに、にはかに宋の寨中に、一道の金光 射し来るあり。風砂を把りて沖散し、かの天兵・神將、みな亂紛紛として陣前に墮落す。
衆人 看る時、五彩の紙剪なすものなり。喬道清 神兵法の破らるるを見て、大いに神通を展べ、髪を披り劍に仗り、訣を捏し咒を念し、聲を喝す、
「疾」
又 三昧の神水の法を使ふ。須臾にして、千萬道の黑氣あり。壬癸よりして方に滾せんとす。

宋の陣中 一個の先生あり。馬を驟〈は〉せて出陣し、松紋の古定劍に仗り、口中に念念と詞あり。聲を喝す、
「疾」
にはかに半空裏に許多〈あまた〉の黃袍の神將あり、飛びて北に向ふ。かの黑氣を沖滅す。喬道清 一驚を吃し、手足 措く無し。
宋軍 この先生の妖術を破るを見て、聲を齊しうして大罵す、
「喬道清の妖賊、今 手段の高強たるもの有りて來る」
喬道清 この句を聽き、羞づて耳に徹して紅を通ず。本陣を望みて、便ち退く。喬道清 生平に神通に逞弄するも、今日 首を垂れ氣を喪ふ。

この宋軍の道士が誰か、次回を待てと。正解は、公孫勝