水滸伝訓読:第94回

李逵の夢どおりの山がある

宋江が進軍すると、2城が降る〉

盧俊義 道ふ、
「兄長の威を賴り、両處 戰はずして服す。既に嚴令を奉ずれば、敢て心を盡し力を彈〈つく〉さざらんや」
宋江 又 前日に蕭讓をして許貫忠が圖畫を照依して、別に寫して一軸を成せしむるを取りて、盧俊義に付與し、收置して備用せしむ。

宋江がすると……〉

宋江 正に山景を觀看するに、忽ち李逵 上前し、手もて指して道ふ、
「哥哥、此の山の光景、前日の夢中と異なる無し」
宋江 即ち降將の耿恭を喚びて問ふ、
「你 此に在ること久し。必ず知らん、此の山の來歷を。若し許貫忠の圖上に依らば、房山は州城の東に在り、當に叫びて『天池嶺』と做すべし」
李逵道ふ、
「夢中の、かの秀士、正に『天池嶺』と説く。我 忘れじ」
耿恭道ふ、
「此の山 果して天池嶺なり。其の顛〈いただき〉の石崖 城郭の如し。昔人 兵を避くるの處なり。近來の土人 説くらく、此の嶺に靈異あり。夜間 石崖の中に、往往に〈ときおり〉紅光の照耀するあり。又 樵者の岸畔に到る有り、異香ありて鼻を撲つと」
宋江 聽き罷はり、便ち道ふ、
「此の如くんば、李逵の夢と符合す」
是の日、兵行すること六十里にして、安營す。則〈ただ〉一日ならずして、壺關の南に到る。關を離ること五里にて下寨す。

壺關 原は山の東麓にあり、山の形は壺に似る。漢時、始め関を此に置き、此に因りて叫びて壺關と做す。

◆壺関を攻めあぐねる

〈壺関の守将に、張清が石を投げて圧倒するが、宋軍は壺関を抜くことができず、林冲が焦ったところ……〉
呉用道ふ、
「將軍 造次す可からず〈軽々しく動くな〉。孫武子に云く、『勝つ可からざるは守り、勝つ可きは攻む』と。謂ふこころは、敵 未だ勝つ可からざれば、則ち我 當に自守すべし。彼の敵 勝つ可きものは、則ち之を攻のみ」
宋江道ふ、
「軍師の言、甚だ善し」

〈宋軍が勝てずに、戦線が膠着していると、唐斌が内応した。矢尻を絹でくるんで、宋軍の兵士に射込んだ。関を破る策が書かれていた。唐斌のおかげで、宋軍は関を突破することができた。壺関をぬかれ、田虎が困っていると、喬道清が現れる〉

◆田虎軍の道士、幻魔君の喬道清

田虎 殿に陞り、衆人と計議し、兵を發して救援せんとす。
班部中より閃出したる一人、首に黃冠を戴き、身に鶴氅を披る。上前して奏して道ふ、
「臣 大王に啓〈まを〉す。臣 願はくは壺關に往きて、敵を退けん」
かの人、姓は喬、名は冽なり。

其の先、原は陝西の涇原の人。其の母 懷孕するとき、夢に豺 室に入り、後に化して鹿と為る。夢 覚め、冽を産む。かの喬冽 八歳にして、好く鎗を使ひ棒を弄ぶ。
偶々崆峒山に游び、異人に遇ひ、幻術を傳授せらる。能く風を呼び雨を喚び、霧に駕し雲に騰〈のぼ〉る。また曾て九宮縣の二仙山に往きて、道を訪ぬ。羅真人 接見するを肯ぜず、道童をして命を傳へしむ。
喬冽説ふ、
「你 外道を攻め、玄微を悟らず。你の、德に遇ひて魔の降るを待ち、然る後、我に見〈まみ〉えしめん」
喬冽 艴然〈憤然〉として返り、自ら術あるを恃み、游浪して羈せず。他の幻術多きに因りて、人 みな他を稱して「幻魔君」と做す。

後に安定州に到る。本州 亢陽〈ひでり〉すること五個月、雨 涓滴も無し。州官 榜を出す、
「如し祈りて雨澤に至る者あらば、信賞として錢三千貫を給せん」
喬冽 榜を揭げ、壇に上る。甘霖 大いに澍〈そそ〉ぐ。
州官 雨の足るを見て、信賞錢を把りて意に在かず〈忘れてた〉。

〈喬冽は、報奨金をくすねた役人を殴ったため、役人に追われる身となった〉

喬冽 此の事を探知し、連夜 逃げて涇原に回り、收拾して母とともに家を離れ、逃奔して威勝に到る。名を更へ姓を改め、扮して「全真」と做す。「冽」の字を改めて「清」の字と做し、法號を起し、叫びて「道清」と做す。
未だ幾ばくならずして、田虎 亂を作し、清に術あるを知る。勾引して夥〈なかま〉に入らしむ。妖言を捏造し、幻術を逞弄し、愚民を煽惑す。田虎を助けて、州縣を侵奪す。田虎 毎事 道清の主と做す。他を偽封して、「護國靈感真人」、軍師・左丞相の職と做す。
かの時 方纔〈はじめ〉て姓を出す。此に因り、みな他を稱して、「國師の喬道清」と做す。

〈そういう経歴をもつ喬道清が、田虎のために、宋軍を迎え撃つ〉

◆喬道清が、戦場に現れる

忽ち報ず、西北に二千餘騎の到る有り。〈田虎から宋軍に降った〉唐斌・耿恭 陣を列べて敵を迎ふ。喬道清の兵馬 已に到り、兩陣 相ひ對し、旗鼓 相ひ望む。南北 尚ほ離るること一箭の地なり。
唐斌・耿恭 北陣の前に看見す。四員の將佐、一個の先生を簇擁して、馬を紅羅の寶蓋の下に立つ。かの先生 いかなる模樣ぞ。但だ見る、

頭に紫金嵌寶の魚尾の道冠を戴き、身に皂沿邊の烈火錦の鶴氅を穿ち、腰に雜色の綵絲絛を係け、足に雲頭方の赤舄を穿く。一口の錕鋙の鐵古劍に仗り、一匹の雪花銀の騣馬に坐す。八字の眉、碧眼、落肥の鬍。四方の口 聲は鐘と相ひ似たり。

かの先生〈喬道清〉の馬前の皂旗に、金もて両行の十九個の大字を寫す。迺ち是れ、
「護國靈感真人
 軍師左丞相 征南大元帥喬」

〈田虎から宋軍に降った〉耿恭 看罷はり、驚駭して道ふ、
「かの人、利害なり〈恐るべきやつ〉」

両軍 未だ交鋒するに及ばず、恰かも李逵ら五百の游兵に遇ひ、突至す。李逵 便ち上前せん〈突撃しよう〉と欲すに、耿恭道ふ、
「此の人 晉王の手下、第一の得的〈できるやつ〉、會〈よ〉く妖術を行ふ。最も利害なり」
李逵道ふ、
「俺が搶上して去き、かの撮鳥を砍らん。なにの鳥術を使ふや」
唐斌また説ふ、
「將軍 敵を輕んず可からず」
李逵いづくに肯へて聽かん、板斧を揮ひて、衝殺せんとす。鮑旭ら李逵に失あるを恐れ、五百の團牌・標槍手を領して、一齊に滾殺す。

かの先生 呵呵大笑し、喝し道ふ、
「こやつ狂逞を得ざれ〈血迷うまいぞ〉」
慌てず忙がず、かの寶劍もて空を望み、一指して、口中に念念と詞あり。聲を喝して道ふ、
「疾〈えいっ〉」と。
好好たる白日の青天,霎時に黑霧 漫漫とし、狂風 颯颯とし、土を飛ばして塵を揚ぐ。更に一團の黑氣あり、李逵ら五百餘人もて罩む〈とじこむ〉。黑漆の皮袋の内に攝入せらるに似る。眼前 並びに一隙の亮光も無く、一毫も動彈することを得ず。耳畔 但だ聽くは、風雨の聲のみ。身のいづこに在るを知らず。
……畢竟 李逵ら衆人 危困す。生死や如何。