水滸伝訓読:第93回
第九十二回には、見るべきものがない。花栄の弓とか、すでにキャラを立て終わっている武将が、腕前を見せるだけ。計略によって城を落としたりするけど、そういうのが読みたければ、『三国演義』を読めばいいわけで。
ひとつ飛ばして、第九十三回にゆく。
◆正月祝いに、雪であそぶ
臘月〈十二月〉將に終らんとす。宋江 軍務を料理し、覚えず三四日を過ぐ。忽ち報ず、張清 病は可〈よ〉し。安道全とともに参見し、用を聴く。
宋江 喜ぶ、
「甚だ好し。明日、是れ宣和五年の元旦なり。首〈かうべ〉を聚むるを得たり」
……
宋先鋒 準備して東郊に出でて春を迎ふ。二日の子時 正四刻、又た立春の節候に逢ふ。是の夜、東北の風を颳起し、濃き雲 密に布し、紛紛・洋洋たり。一天の大雪を降下す。
明日 衆の頭領 起きて看る時、但だ見る……(景色の描写)
地文星の蕭譲 衆の頭領に説く、
「雪なるもの、數般の名色あり。一片は、蜂兒なり。二片は、鵝毛なり。三片は、攢三なり。四片は、聚四なり。五片は、喚びて梅花と做す。六片は、喚びて六齣と做す。雪 本より是れ陰氣の凝結なり。六出なる所以、陰數に應ずるなり。立春より以後に到らば、都て梅花の雜片にして、更に六出すること無し。今日、已に立春なりと雖も、尚ほ冬春の交に在り、かの雪片 却りて、或いは五、或いは六ならん」
楽和 この幾句の議論を聽き了はり、便ち檐前に走りて、衣袖を把りてかの落下したる雪片を承け受りて看る時、真に雪花は六出し、内に一出 尚ほ未だ全て出でず、還りて圭角あり。内中にまた五出あり。
楽和 聲を連ねて叫ぶ、
「果して然り、果して然り」
衆人 都て擁上して看る。
却りて李逵の鼻中より、一陣の熱氣を沖出するを被り、かの雪花 沖滅す。衆人 都て大笑す。宋先鋒を驚動し、走り来たりて問ふ、
「衆兄弟 なにを笑ふや」
衆人 説く、
「正に雪花を看るに、黑旋風の鼻氣を被りて沖滅せり」
宋江もまた笑道す。
◆李逵が夢をみる
〈宋江に招かれて、みなで酒を飲むと、李逵が寝て夢をみた〉
・雪が降っていると思ったら、降ってない
・板斧を忘れたと思ったら、挿してある
・山に到ると、書生に「天地嶺」だと教わる
・娘に迷惑をかける男を、板斧ひとふりで、二・三人殺せた
・悪者を追っていくと、宮殿の前で消える
・天子に拝謁して、礼をミスする(読者の笑いを買う)
・蔡京や童貫らの首を切り落して、スカッとする
・はじめの書生に再会して、言葉をさずかる
「田虎の族を夷げんと要〈ほつ〉せば、
須らく瓊矢の鏃と諧〈した〉しむべし」
・亡母と再会して、招安を受けたことを報告する
虎が現れるが、(現実と違い、今度こそ)母を守る
◆李逵が目覚めて、夢の話をする
李逵 睡中に〈寝ながら〉、雙手もて〈宋江らが食事している〉桌子を把りて一拍し、碗は碟して掀は翻し、両袖を羹汁に濺す。口に兀〈なほ〉嚷〈さわ〉ぎ道ふ、
「娘〈おっかあ〉、大蟲〈虎〉走げたり!」
両眼を睜開して看る時、燈燭は輝煌たり。衆兄弟 團團に坐り、還〈な〉ほ、かしこに吃酒す。
李逵道ふ、
「啐〈チェッ〉、原來 夢なり。却りて、また快當たり」
衆人 みな笑ふ、
「なんの夢ぞ。かくのごとくに得意なる」
李逵 先づ説くに、夢に見る、我が老娘、原〈もと〉曾て死せざるを。正に好く説話す、却りて〈現実には〉大蟲に打斷せらると。衆人 みな嘆息す。
李逵 再び説くに、奸徒を殺すに到ると。かなたの魯智深・武松・石秀 聽き、みな拍手して道ふ、「快當なり」と。
李逵 笑ひて道ふ、
「還た快當なることあり」と。
又 説く、蔡京・童貫ら賊臣を殺すに到るを。衆人 手を拍ち、聲を齊しくして大いに叫びて道ふ、
「快當なり、快當なり。此の如くんば、また夢と做すを枉せず〈夢でもいい、夢を見る甲斐がある〉」
◆李逵の夢は、宋江へのおつげ
宋江道ふ、
「衆兄弟 聲を禁ぜよ〈だまれ〉。これ夢中の説話なり。なにの緊ならん〈たいしたことではない〉」
李逵 正に説き、興の濃やかなる處に到る。拳を揎し、袖を裏〈まく〉りて説くらく、
「なにの鳥 禁ぜざるを打す〈黙っていられるか〉。真に一生に、曾て、かくのごとく快暢なる事を做さず。還た一樁の奇異あり。夢に一個の秀士あり、我に説く、『田虎の族を夷げんと要〈ほつ〉せば、須らく瓊矢の鏃と諧〈した〉しむべし』と。
他 この十字を説くは、乃ち是れ田虎を破るの要訣なり。我をして牢牢に〈しっかりと〉記著せしめ、宋先鋒に伝ふ」
宋江・呉用 いづれも詳解し出さず。
安道全 「瓊矢鏃」の三字を聽き、正に歯を啓きて、説話せんと欲す。張清 目を以て之を視るに、安道全 微笑して、遂に口を開かず。
呉用道ふ、
「此の夢 頗る異なり。雪 霽〈は〉れなば、便ち兵を進むべし」
酒は散じ、歇息す。
◆メモ
安道全は、張清を看病するために、一時、退場をしていた。じつは、病気にうなされた張清は、夢のなかで、田虎の陣営に属する女傑に会いに行き、石を投げる技術を伝授していた。この女傑を味方につければ(田虎を裏切らせれば)、宋江は田虎に勝つことができる。安道全は、その伏線に気づいちゃったから、ニヤニヤしている。
安道全は、(近代でいうところの)ただの外科医であるはずがない。(近代でいうところの)精神科医の領域まで含め、夢の解釈をするひと。
……と『水滸伝』の先を書いているぼくも、いったい何の話をしてるのだ、っていうくらい、荒唐無稽というか、なんというか。
伏線をはって、読者の目をくらますために、どうでもいい田虎の討伐線が長々と書かれていたり、李逵が夢で奸臣を斬ったり、母親に再会したりしている。