白話小説を訓読する試み2

ひとつまえの記事のつづきです。

宋江 大いに喜び、武松の*1手を攜〈たずさ〉へ*2、一同に後堂の席上に到り、便ち宋清をして*3武松と相ひ見えしむ。

柴進 便ち武松に邀〈むか〉ひて坐*4らしむ。

宋江 連忙〈しきり〉に彼*5に譲り、一同 上面に坐せしむ。武松いづくにか肯へて坐せん、謙〈へりくだ〉ること*6半晌、武松 第三の位に坐す。

柴進 再び杯盤を整へしめ*7、三人に痛飲を勧む。

宋江 燈下にかの武松を看る時、果然、一條の好漢なり。但だ見る……*8


*9宋江 燈下に武松の人物*10を看て、心中 甚だ喜び、便ち武松に問ふらく、

「二郎 何に因りて此に在るや」

武松答ふらく、
「小弟 清河県に在り、酒後に酔ふに因り、本処の機密と相ひ争ひ、一時 怒りて、只だ一拳にして、そやつ*11を打ちて昏沈せしむ。小弟 只だ道〈おも〉ふ、『彼 死せり*12』と。
此に因り、一逕に逃げ、大官人の処に投奔す。災を躱〈さ〉け難を避く。今 已に一年有餘なり。後に*13打聴する〈消息をきく〉に、そやつ却りて曽つて死せず、救ひて活くると。
今 正に郷に回〈かへ〉りて哥哥を尋ねんと欲するに、想はず瘧疾に染患し、勾〈よ〉く身を動かすこと能はず。いま*14正に寒冷を発し、廊下に火に向ふ。兄長に柄を跐せられ*15、一驚を喫す。驚きて一身の冷汗を出し、*16病の好〈よ〉くなりたる*17を覚ゆ」と。

宋江 聴きて大いに喜ぶ。

当夜 飲みて三更に至り、酒 罷む。宋江 *18武松を留めて西軒の下に一処を做して安歇す。
次日 起つ。柴進 席面を安排し、羊を殺し豬を宰し、宋江を管待す。*19

*1:原文「武松的手」だが「的」は「の」に開く。露伴は「武松的の手」とするが日本語でない。

*2:原文「攜住」だが、「住」は補語なので訳出しない。

*3:原文「喚」があり、露伴は「よびて」とする。しかし「呼んだ」わけでなく、宋江はずっといる。使役の動詞と見る。「しむ」と訓読して、かなに開く。

*4:原文「坐地」だが、補語と考えてはぶく。

*5:原文「他」だが、日本語の「彼」に置換する。このように漢字を置換することは、「訓読」の範囲を越えることであることは承知しています。しかしぼくがやりたいのは訓読ではない。訓読であれば、露伴がやっている。「より原文の雰囲気を伝える和訳」として、訓読文の調子を借りている、という態度です。

*6:原文「謙了」とあるが、leがなくても日本語になるため、はぶく。

*7:原文「教」を、露伴は「しむ」に開く。これに従う。文節の最後に「来」とあるが、補語なので省く。

*8:「身軀凜凜,相貌堂堂」に始まる韻文?は、ストーリーに影響しないし、訓読するのが難しいことがおおいので、扱わない。

*9:原文「当下」を、露伴は「そのとき」とするが、なくても文意が通るので、訳出しない。「話説」を省くのと同じ。

*10:原文「這表人物」は、「このひとりの人物」という意味であるが、日本語として不自然なので「這表」は訳出しない。

*11:原文「那廝」を露伴は「そやつ」とルビふる。これに従い、かなに開く

*12:原文「死了」を、完了の助動詞で訳した。露伴は「シリョウす」とするが、日本語でない。

*13:原文「後来」だが、日本語では「のちに」でいいと思います。

*14:原文「却纔」を、露伴は「いま」とルビする。かなに開く。

*15:原文「被」は、受け身の助動詞に置き換える。

*16:原文「覚得」は、juedeであろうが、「おぼゆ」と訳出する。

*17:露伴は「病の好了(コウリョウ)する」とするが、日本語としては読みづらい。

*18:原文は、ここに「就」がある。露伴は「ついて」とする。前置詞だと思われるので、訳出しない。

*19:原文「不在話下」を、露伴「話下に在らず。」とする。訓読としては、手の加えようがないが、こういうメタな記述は訳出しない。