白話小説を訓読する試み3

数日を過ぎ、宋江 将に些の銀両を出して武松に与へ、衣裳を做さしめんとす。柴進 知り*1、いづくにか*2肯へて彼に壊銭せしめん*3、自ら一箱の緞匹・紬絹を取り出す。門下に自ら針工有り。便ち三人の体に称ふ衣裳を做〈つく〉らしむ。


*4柴進 何に因りて武松を喜ばざるや。

原来 武松 初めて来りて柴進に投奔したる時、又*5 一般に接納・管待す。


次後 荘上に在りて、但だ酒を喫酔す。性気は剛にして、荘客 些の顧管して到らざる処有れば、彼 便ち拳を下して彼ら*6を打つ。此に因り、満荘*7の荘客、一箇とて彼を好しと道ふもの没〈な〉し。衆人 只だ他を嫌ひ、都〈すべ〉て柴進の面前に去きて、彼の許多〈あまた〉の不是なる処を告訴す。柴進 然く他を赶はざると雖も、只だ彼を相ひ待すること*8慢となれり*9

却りて宋江 毎日 彼を一処に帯挈して、酒を飲みて相ひ陪す。武松の前病 都て発せず。


宋江に相伴すること十数日、武松 郷を思ひ、清河県に回りて哥哥に看望せんと欲す*10柴進・宋江*11 都て彼を留めて、再び住むること幾時。

武松道ふ、
「小弟の哥哥 多時 信息を通ぜず。此に因りて去きて彼に望まんとす*12

宋江道ふ、
「実に二郎 行*13かんとせば*14敢へて苦留せず。如若〈も〉し*15間時を得れば、再び幾時に相ひ会せん*16

武松 宋江に相ひ謝す。柴進 些の金銀を取出りて武松に送る。
武松 謝して曰く*17
「実に多多 大官人を相ひ擾す」

武松 包裏〈にもつ〉を縛り、哨棒〈棍棒〉を栓〈にぎ〉り、行かんとす。

柴進 又 酒食を治めて路を送る。武松 一領の新納の紅紬襖を穿き、白范陽の氈笠児を戴き、包裏を背ひ、杆棒を提げ、相ひ辞して便ち行く。

宋江曰く、
「賢弟 少〈しば〉らく待て*18」自己の房内に回り*19、些の銀両を取り、赶ひ出でて荘門の前に到り、説くらく、
「我 兄弟を一程に送らん」

宋江 兄弟の宋清と*20 両箇 武松を送る。彼の柴大官人に辞するを待つ。
宋江 又 曰く、「大官人、暫く別れて便ち来らん」

*1:原文「知道」だが、zhidaoは日本語「知」に該当するため、「道」を省く。

*2:原文「那裡」をかなに開いた。

*3:露伴は「肯て他の壊銭を要〈ヨウ〉せん」とする。駒田訳は、「どうしても金を使わせず」とあるから、ここから遡って訓読体をつくった。

*4:原文「説話的」を、露伴は「さてといふほどの意なり」とする。省く。

*5:原文「也」だが、意味から置換する。

*6:原文「他們」だが、「彼ら」に置換する。

*7:原文「里」があり、「荘のうち」「荘じゅう」という意味だが、訓読しにくいため省く。

*8:原文に補語「得」があり、露伴は「相待し得て」とするが、訓読が補う「こと」に近いであろう。

*9:原文「了」を反映して、「なれり」とした。

*10:原文「要」だが、意味から「欲す」に置換した。駒田訳は、「兄に会いたいと言い出した」とある。

*11:原文「両箇」とあるが、なくても訓読文として意味が通るので、はぶく。

*12:露伴は、「望まんと要」と訓読して、「要」に「ス」とルビする。これに倣って、以後、ぼくは「要」が出てきたら、「せんとす」と、かなに開けばいいのか。なるほど。

*13:原文「去」を、露伴は「サル」と読むが、quは日本語では「行く」に近い。以後、置換しよう。

*14:露伴は「去〈さ〉つて他を望まんと要〈す〉るならば」とする。

*15:原文「如若」は、ふるい漢文でも二字で「もし」とするから、文字を省く必要はないが、日本語として読みやすくするなら「若」の一字に代表させてもよいかも。

*16:露伴は「再来 相会する幾時せよ」とする。「再来」は「再び」に置換する。「幾時せよ」という動詞は、日本語になっていないので、副詞として読む

*17:「道」を、露伴は「イフ」とする。簡単のために、「曰く」に置換してもいいような気がしてきた。

*18:原文「等一等」を、露伴は「等一等せよ」とする。日本語にない。dengは日本語の「待つ」なので置換した。

*19:露伴は「回りりて自己の房内に到り」とする。原文「回到」を分解した訓読だと思われるが、huidaoで、ひとつの動詞。「到」は補語?と考えて、「かへり」だけでも日本語として成立するから「到」をはぶく。

*20:原文「和」は、heが日本語の「と」にあたるため、かなの助詞に置換した。