白話小説を訓読する試み4

三箇 柴進の東荘を離れ、五・七里の路を行く。
武松 別を作して曰く、
「尊兄 遠くなり了んぬ*1。回〈かへ〉らんことを請ふ。柴大官人 必然 専望せん」

宋江曰く、
「何ぞ再び幾歩を送るを妨げん」

路上 些の間話を説き、覚えず又 三・二里を過ぐ。武松 宋江を挽して説く、
「尊兄 必ず遠く送らざれ。常言に曰く、『君を送ること千里なるも、終に須らく一別すべし』と。」

宋江 指して曰く*2
「我 再び幾歩を行くことを容れよ*3。あの*4官道に小さき酒店有り。我ら三鐘を喫して別れを作さん」

三箇 酒店*5に来り、宋江 上首に坐り、武松 哨棒を倚せ、下席に坐す。宋清 横頭に坐定す。便ち酒保をして酒を打たしめ、且つ盤饌・果品・菜蔬の類*6を買ひ、都て搬び擺して卓子の上に在〈お〉かしむ。

三人 幾杯を飲み、看看〈みるみる〉紅日 平西たり。
武松 便ち曰く、
「天色 将に晩れんとす。哥哥 武二を棄てざる時、此に*7武二の四拝を受けよ。拝して義兄と為さん」

宋江 大いに喜ぶ。
武松 頭を納〈お〉して四拝を拝す。宋江 宋清をして身辺より一錠十両の銀子を取り出し、武松に送らしむ*8

武松 いづくにか肯へて受けん、説くらく、
「哥哥よ、客中 自ら盤費を用ひん」
宋江曰く、
「賢弟 必ずしも多慮せざれ。你 若し推却せば、我 便ち你を兄弟と做すことを認めじ」

武松 只得〈ぜひなく〉拝受し、纏袋に收む。宋江 碎銀子を些り、酒銭に還す。武松 哨棒を拿り、三箇 酒店の前に出でて、別れを作す。武松墮涙、拝辞了自去。


宋江と宋清 酒店の門前に立ち、武松を望むとも見へず。方纔〈まさ〉に身を転じて回る。行くこと五里の路頭に到らず、只だ見る、柴大官人 馬に騎り、背後に両匹の空馬を牽きて接するを。宋江 望見して大喜し、一同 上馬して荘に回る。馬を下り、後堂に入りて飲酒するを請ふ。宋江の弟兄、此より只だ柴大官人の荘上に在り。


*9武松 宋江と分別するの後、当晩 客店に投じて歇す。
次日の早、打火を起し、飯を喫し、房銭を還し、包裏を栓束し、哨棒を提げ、便ち上路を走き、尋思して曰く、
「江湖に只だ聞説す、『及時雨の宋公明』と。果然 虚ならず。結識して弟兄となるを得て*10、又 枉ならざるなり*11

武松 路上を行くこと幾日、陽谷県の地に到る。此は県治を離るること還〈また〉遠し。当日の晌午の時分、走〈ある〉きて肚中 飢渇す。前を望見するに、酒店有り。一面の招旗を門前に挑〈かか〉げ、上頭に五箇の字を写きて曰く、
「三碗すれば岡を過ぎず」と。

*1:原文「遠了」、駒田「もう遠くなります」とあり、試みに「了」を訳してみたが、訓読に和臭がする。←訓読そのものが和風なんですけど。

*2:原文「指著道」を、露伴は「指著〈シチャク〉し道ふ」とする。駒田は「指さしながら」とする。「著」は補語として省き、「道」は「曰」に置換する。

*3:駒田「もう少し行かせてもらおう」とある。「幾歩」は、数量+量詞だが、日本語にこんな表現はないから、「少し」で充分なのだろう。

*4:原文「兀那」を、露伴は〈アノ〉とルビする。これに従う。

*5:原文「里」があるが、酒を飲むのは、店のなかに決まっているし、日本語にないため省略する。

*6:彼らが買ったものに、量詞「些」がついているが、日本語にないため訓読しない。これまでも「些」を訳出してきたが、「いささか」という積極的な意味がない場合は、省けばよかった。

*7:原文「就此」を、露伴は「此に就〈おい〉て」とする。「此〈ここ〉に」で充分であろう。

*8:原文「送与武松」を、露伴は「武松に送与す」とするが、「与」は武松「に」の意味であろう。動詞は「送」だけだと思います。

*9:原文「話分両頭、只説」というメタな説明は訳出しない。

*10:原文「結識得這般弟兄」、駒田「兄弟のちぎりを結べて」。苦しいが「弟兄」を、動詞「弟兄となる」とした。ほんとうに苦しい。

*11:原文「也不枉了」、駒田「ほんとうによかったわい」。