北方『楊令伝』要約と分析(巻2下)

225ページ~

青蓮寺の李富と李師師が、方臘の領地を見物にいく。方臘は、後漢末の黄巾の乱五斗米道に似ているというのが、青蓮寺の分析。宗教は、軍という組織をもっていない。手強いのは梁山泊のほうだと。

徽宗花石綱には困ったものだなーとも、李富らが語る。もしも賃金を払えば、経済がまわる。しかし徽宗は、徴発をするだけだから、民が疲弊するだけ。

こういう現状認識(というか史実か)が、北方大水滸をむずかしい物語にする。


『北方水滸伝』のときは、悪の権化である宋王朝があって、それを倒すことが目標であった。こういう分かりやすいゴールがあれば、読者も(作者も)話を楽しむことができる。

しかし『楊令伝』に至ると、青蓮寺ですら、宋王朝を見放している。長江より南が方臘に切りとられても、すぐに対応できない。梁山泊が1州を切りとっても、すぐに対応できない。燕雲十六州を奪回するチャンスがきても、動きがよくない。というか、ここに書いた兵役を、『楊令伝』では、童貫がひとりで全部、なんとかしようとする。

宋王朝という体制の動きが、史実はどうであれ、『楊令伝』においては、「童貫がかってにやってること」にすぎない。童貫と楊令の私闘、意地の張り合い、でしかなくなる。『北方水滸伝』を通じて、ライバル関係にあるものが絞りこまれ、余計なものが削ぎおち、ここに至った……というと聞こえがいいけれど、それって面白いのか?

その当然の帰結として、童貫が片づいてしまうと、楊令は行く先を失って、物語は背骨がなくなり、つまらなくなる(らしい;まだ読んでません)。


原作『水滸伝』で、一貫して悪玉であり、最後には宋江を毒殺してしまう、悪役の高俅。その高俅ですら、権力争いに敗れて、路地でこじきをやってる。侯健(高俅によって股を裂かれた)の子である侯真は、報復する相手が、あまりにショボいから、見て見ぬふりをして終わり。

建設の物語、創意の物語、というと聞こえがいいけれど。おそらく、神話の時代から遡って、人間がストーリーに求めるものって、『楊令伝』のようなものじゃなく。単純に、敵がいて、味方がいて、、という話でいいでしょう。

楊令が、中途半端にアグダに接近するから、梁山泊にとって、征服王朝である金が、悪役でなくなってしまった。民族問題などさておき、中国の文学史で言われているように、民族的な自覚の発露の物語として、「悪役の金をやっつける話」で良かったのではないか。

梁山泊が童貫と戦うために、周辺にも同盟を求めた結果、金を味方につけることができた。最終決戦で、禁軍の兵力を、そちらに割かせることに成功した……という果実を得るためだけに、払ったコストが膨大すぎたと思う。


240ページ~

方臘のところに潜りこんだ呉用のターン。

方臘「王になってみたいという思いは、めしを食いたいという思いに似ている。めしは、1日に3度食らう。一生に1度、食らってみたいという飯(称王)があっても、悪くあるまい」


273ページ~

呉用が、早くに死んだ阮小五を思い出す。作者も、早く殺しすぎたといっていた。

いま梁山泊は、やっと遠隔地に旗を掲げたとか、まだストーリーが本題に入っていかない。見取り図を書けば、まず呉用が方臘のなかに潜入して、童貫と方臘をぶつける。童貫の戦力をそがせる。ここまでは、呉用がいってる。

メタにいえば、呉用が方臘のところでレベルアップして(判定は微妙)、方臘のところから人材と兵力を連れてきて(こちらは達成した)、童貫を倒す。つまり、方臘のところに呉用が潜入するという手順を踏まなければ、童貫に勝つことができなかったのだ!と、読者に納得をさせなければならない。さもなくば、ムダな枚数を費やしたことになってしまう。読者にムダな出費をさせたことになる。

呉用が方臘の乱を経験したから、梁山泊は童貫に勝てた」というだんどりは、いちおうは守られていたと思います。

方臘のところで、みょうに悟ってしまった呉用が、北方大水滸のシリーズにおいて、今後も活躍するようなので、方臘のくだりは、ムダではなかっただろうし、これからの展開に期待です。


史実の反乱のなかに、架空の人物が潜入して、手柄をせびり取る、という意味では、楊令がアグダのところにいくのも、同じパターンです。楊令がいなくても、アグダは金を建国した。青蓮寺や梁山泊が画策しなくても、金は南下してきた。しかし、それらの史実のなかに、楊令の影響があったということにした。
(このアイディアによって、「打倒!女真族!」という構図を放棄せざるを得なくなった、というのは、さっき書きました)

方臘の乱も、呉用がなくても、方臘は起兵した。というか、原作『水滸伝』では、呉用は方臘を滅ぼすがわの人間なのだから、史実も原作も、1回転ひねりして、『楊令伝』が描かれている。


280ページ、こんどは呉用が、楊令を説得する。
呉用梁山泊軍を、再興するのだ、楊令」
じっくりと説くつもりだったが、最後に言おうと思っていたことを、口にしてしまった。
楊令「早過ぎませんか。こちらはまだ、金宋同盟で、遼を潰そうとしているところですから」

というタイムテーブルのズレで、呉用が「志を、否定するのか?」と焦ってしまう。なかなか楊令の説得は成功しない。

やはり、金国まで話をひろげたことで、楊令のキャラとか戦略とかが、散らかってしまい、梁山泊のひとびととギクシャクしている。

たとえば、太平洋戦争の話を書いていて、宇宙に飛び出し、日本軍が「アンドロメダ軍団」と同盟して、アメリカ軍に勝とう!みたいな、はちゃめちゃな感じになってしまった。地球上で話を完結させておき、続編で「宇宙からの侵略者に、地球人が団結して立ち向かう」とするのが、正解なんだと思う。


351ページ~

岳飛のターン。岳飛の生い立ちに肉付けする。

楊令に遭遇。367ページで、楊令が岳飛を「子供か」とあしらう。トラウマ!


375ページで、史進と楊令が再会。王進のところの、先輩・後輩にあたる2人は、結びつきが強いから、史進が泣いてしまう。そして、作中の楊令も、読者も、泣かなければならない場面。

楊令は、これまでやってきた殺戮・略奪について、史進から問われて、「自分のやってきたことについて、説明する気が、オレにはありません」と黙ってしまう。けっきょく読者は、2巻にわたって展開されてきた、「幻王と楊令は、果たして同一人物なのでしょうか」という問題に、適切な回答を与えられずに、放置される。

楊令には、はじめから殺戮・略奪をしてしまうような性質が備わっていたのだろう、、と史進が、みょうな納得をするのだが、、ぼくは納得できなかったなー。