北方『楊令伝』要約と分析(巻1上)

どの巻も、だいたい390ページなので、200ページまでを「上」、それ以降を「下」と便宜的に分けて、要約と分析をします。

長すぎて、『楊令伝』を読んでいない、というひとが、たまたまこのブログにたどりつき、この記事を見たとしても、読んだ気になれる、という記事を目指します。ただし、ぼくの興味関心のバイアスがかかるので、原作の「読みどころ」であるはずの戦闘については、おおはばに減殺される予定です。

文庫本(小さくて後から出版されたほう)が決定稿らしいので、こちらで読みます。

 

15ページ~

梁山泊の決戦の3年後。燕青が、梁山湖から、かくし財産の銀をひきあげるところから話が始まる。この銀は、盧俊義がつくってくれた闇塩による貯蓄だから、燕青が主導してひきあげる。

文庫本の最初の挿絵が燕青。燕青の目線から、後日談が始まるのだなーと気づく。

いま梁山泊軍は、呼延灼史進・張清が、それぞれ2千をひきいて分散している。呼延灼がトップだが、呼延灼はただの軍人だから、まとめ役に飽きている。


呉用が、こりもせずに生きていた。梁山泊に火を放って自殺したつもりが、生き残ってしまった。本人は死ぬ(宋江に殉じる)意思があったけれど、不本意ながら、運命のイタズラで生き残ってしまった、ということが重要。『吹毛剣』(以下「読本」という)によると、作者は、読者の代表との会話の席で、呉用を生かしてくれといわれて、生かすことにしたらしい。

呉用がもともと担っていた、「文官のくせに戦場に口を出して、武官たちに嫌われる」という役割は、宣賛に引き継がれている。呉用は、梁山泊とは行動をともにせず、方臘の乱に潜入するという、冒険を託される。方臘がほろびたあとは、梁山泊に合流して、(よい意味で)なにもしない。大局だけをみて、ゆったりしている。その楽隠居ぶりによって、楊令のつぎにトップになるという大役をあずかる。

呉用は、火傷によって顔面がこわれて、くちびるが焼けただれ、飲食物がこぼれる。覆面によって、外見において、「宣賛と区別がつかないよ」というギャグを担当する。

北方大水滸(北方氏の三部作をこの呼びます)において、身体にハンデを負うことは、物語のなかを生き抜いてきた勲章。身体を損なうことで、「ああ、あのエピソードがあったね。経験としてのみならず、外見的にも刻みこまれ、キャラが立ったね」という扱いになる。

盧俊義は片腕、武松も片腕、盛栄(梁山泊を抜けたワイロ商人)も片腕、聞煥章は片足、馬麟も片足、楊令は火傷、呉用も火傷と顔面崩壊、宣賛は顔面崩壊、李富はしわがれ声。男性器についていえば、盧俊義はサオなし、童貫はタマなし、聞煥章はサオを食いちぎられ、、まだまだあるけれど、順番に書いていきます。


31ページ~

高俅に股を裂かれた侯健の子である「侯真」は、2世のホープ。やがて公孫勝から致死軍を譲られるから、強くならねばならない。侯健から習った体術は、お遊びみたいなもの。顧大嫂に鍛えられるが、まだ常人を越えるほどではない。

侯真は武松に誘拐されて、武松に殴られる(鍛えられる)。武松は、いつだって心に闇をかかえた子供を拉致して、道すがら殴って、矯正していく役割をもつ。武松は、侯真とチンピラのケンカを見て、「侯健は殴られても、ダメージを軽減してる」と侯真のセンスを見出す。

侯真は武松に連れられ、燕青と会う。侯真は、燕青にも殴られたが、ダメージを軽減する。燕青は、侯真が「高俅を討って、父の仇をとりたい」といえば、「仇をとるべき相手は、馬だろう」といって笑う(61ページ)。この物語では、基本的に、殴られて痛い思いをすることで、オトコとして認められていく。武松と燕青に殴られることで、侯真はメインキャラとしての通行証を手に入れる。さらに燕青にボコられる。


69ページ~

段景住・皇甫端は、あきずに馬の世話をしてる。

武松・燕青・侯真が馬場にきて、大切なウワサ話をする。「女真族には、幻王という、残虐かつ最強の武将がいるらしい」と。じつはこれが、楊令の仮の姿。楊令は、梁山泊が陥落したとき、ひどくガッカリして、自分を押し殺して、最強の武将として、北方で暴れていた。この幻王というのが、楊令である、というのが、巻1のオチであり、このナゾを解くために巻1があるといっても過言ではないほど。

皇甫端は、馬に詳しいから、幻王のひづめのあとが、楊令の馬のものだと見抜く。という、ミステリーの最初の手掛かりが、このあたりで語られる。もともと楊令の騎馬は、皇甫端がプレゼントしたものだから、そりゃ分かるよなと。

この幻王というのは、金主のアグダの弟のウキマイだという話もある。じつはウキマイは、ただのおとりで、軍をひきいる幻王は楊令そのひとなんだけどい。ウキマイは、金の2代皇帝になるのだが、ぱっとしない凡人として、山奥に住んでいる。もともと兄のアグダが、血統を保存するために、あえて山奥に籠もらせてある。


83ページ~

開封の青蓮寺では、トップとなった李富が、もやもやしてる。北京大名府に「別居」している聞煥章とは、方針のちがいでちょっと疎遠。それよりも、李師師と接近して、青蓮寺のゆくえを探ってる。

梁山湖を探索しようとした矢先、燕青にさきを越されて、銀を水揚げされてしまった。梁山泊の残党を刈っているものの、それにも飽きてきた。楊令は生きているらしいし……という、とりあえず『北方水滸伝』の後日譚を解説するためのターン。

97ページ~

梁山泊の人々は、太湖(呉のあたり)に群れて、交易の拠点にしてる。李俊が貿易をひらいた。張清の妻の瓊英、瓊英の盲目の父(また身体的な欠陥のあるひとだ)も、交易をやってる。瓊英は、日本との交易にも興味をもち、やがて日本人を2人連れてくる。しかし日本人が、物語に絡んでくることはない(少なくとも北方大水滸の前半まででは)

いっぽう北では、武松・燕青・侯真は、幻王の正体をさぐるため、女真の地に入ってくる。魯智深が片腕を失い、鄧飛が魯智深を救出した場所が、このあたりだそうだ。けっきょく魯智深は、女真との同盟をひらくことができず、片腕を失っただけ(自分で食べたけど)。

だが梁山泊は、楊令が金主のアグダと友達になることで、女真梁山泊の戦さに役立てる。北方大水滸の前半の最後で、金軍が戦いに参加する。童貫ひきいる禁軍は、その一部を金軍(ややこしいな)との戦いに割かざるを得ず、兵力が減る。作者は、この意義を強調するため、「もし金軍が介入してくれなければ、梁山泊は、童貫の攻撃に耐えられなかった」と描写するほど。……魯智深は報われました、というオチ。


125ページ~

太湖では、顧大嫂と孫二娘のコンビが、店やら民政やらを切り盛りしてる。ふたりは、花飛麟(花栄の子)がイケメンだなー、という話をしてる。花飛麟は、顧大嫂と孫二娘に鍛えてもらっているが、傲慢で人格に難あり。

合流した扈三娘が、花飛麟を打ち据えるけれども、花飛麟には、更正の様子がない。顧大嫂・孫二娘・扈三娘という、女3人が持て余した「わるい子」が行く場所は、ひとつしかない。王進のところに送りこまれる。


167ページ~

 李立(李俊の子分)は、水上で貿易してる。そこで、盛栄(以下「片手ワイロ」)と、たまたま船上で擦れ違う。

片手ワイロさんは、かつて柴進に認められ、梁山泊の兵站を担当していた。しかし、手数料としてワイロをもらってた。李立は、これを咎めて、彼の片手を切り落とした。

きっと片手ワイロは、李立のことを怨んでいる。だから李立は、「顔が見られた、やべっ。梁山泊は、まだ潜伏期間なのに」と隠れようとする。しかし片手ワイロは、李立のことを怨まない。むしろ、「商人として、梁山泊と取引をしたい。利益が出れば、片手のことは忘れる」という態度である。

この片手ワイロは、梁山泊が潔癖すぎることを相対化するためのキャラ。商人が手数料を余分にとることは、むしろ当然のこと。この手数料によって、商売が円滑になる。ワイロをこばむ梁山泊こそが、異常なんだと。
メタな視点にたてば、北方ワールドが、潔癖すぎる傾向に流れるのを、調節する役割でもある。この片手ワイロが、いかにも邪悪な人間で、梁山泊に害悪をなすというキャラならば、北方ワールドは、潔癖な世界となる。しかし片手ワイロは、商人として、梁山泊の役に立ってくれる。童貫をやぶるまでのプロセスで、片手ワイロが、梁山泊に危害を加えたりしない。

読本で編集者がいう「トリックスター」です(←用法がちがうと思うけど)


183ページ~

蔡福は、なき弟(蔡慶)の妻を、じぶんの妻としてる。なき弟の子を、じぶんの子としてる。弟の妻をめとるのは、女真族の習慣に従っただけ。とくに道義に反したというつもりはない。しかし弟の妻は、蔡福の子を産みたくないから、性器に細工をしてる。

やがて妻とは決裂する。妻は、子に「蔡福は父じゃない。蔡福を殺せ」と吹きこんで、自殺してしまう。子は、性格が屈節して、王進送りとなる。王進ところは、ほんとうに便利づかいされている。……というのは、まだ先の展開で。

蔡福は、アグダの相談役として、女真のなかに留まっている。

この蔡福・蔡慶は、北方氏の独創(なりゆき)で、原作をおおきく逸脱して、女真の地に流れこみ、そのまま置き去りにされた。『北方水滸伝』では活躍の場を与えられず、伏線を張っただけで終わってしまったひと。だから蔡福は「さきの最終決戦に参加できなかった」と、ぐちってる。武松あたりが、「まあまあ、腐るなや」となぐさめる。

 

蔡福の斡旋によって、武松は、ウキマイ(アグダの弟)に会いにいく。ウキマイは、山に籠もっている。ウキマイは「幻王」を名乗っているが、武松が見れば、いっぱつで「こいつは幻王じゃない」とバレる。ほんとうの幻王は、楊令なのだから。ああ、主人公になるべき楊令よ、どこにいるのだ……というミステリーもの。後半につづく。