「江湖」というキーワード

岡崎由美『中国武侠小説への道_漂白のヒーロー』の3章に、『水滸伝』の話が出てきます。「江湖」というキーワードから、『水滸伝』が分析されてます。

◆「江湖」の用例と特徴

中国の書物に古くからある「江湖」は、日本語では「世間」と訳される。長江・洞庭湖をあわせた言葉である。
史記』貨殖烈伝で、范蠡が「江湖に浮かび」身を隠す。唐代の詩にも出てくるが、杜牧が「江湖に落魄」したように、中央官界から遠ざかった世界。唐代の侠士が、名を隠して渡り歩く、無位無官の世界が、江湖である。

水滸伝』に出てくる江湖は、
・阮小七「王倫らを捉えても、江湖の笑いもの」(第十七回)
・張青と武松は、江湖の好漢による殺人の話をした(第二十八回)
・おれさまこそ江湖の好漢、黒旋風の李逵(第四十三回)

百二十回本で「江湖」は八十回、大抵が「江湖の好漢」という。
定住せずに渡り歩き、好漢がネットワークを築く社会が「江湖」


ほかにも『水滸伝』に出てくる江湖は、
・李応が、江湖で薬を売る(第三回・第五回)
・施恩は幼いころ、江湖で槍や棒を習った(第二十九回)
宋江は閻婆惜を殺して、一年半、江湖に逃げた(第三十六回)
・韓伯龍は、江湖で強盗をはたらく(第六十七回)
・燕青は、江湖で相撲に負けたことがない(第七十四回)
・田虎は、江湖で強奪された財宝を貢がれた(第九十二回)

バイオレンスの世界である江湖は、
・大道武芸の薬売りなど、香具師的な放浪の世界
・武芸ができるのは常識
・お尋ね者が逃げこみ、ここから生きていける
・殺人・放火・強盗は日常茶飯で、善悪の基準にならない


◆『水滸伝』の好漢のライフスタイル

下級軍人・下級役人を除けば、
船大工の孟康、算盤の蒋敬、仕立屋の侯健、書家の蕭譲、篆刻の金大堅、医者の安道全などの職人集団がいる。一芸を買われたが、武芸もできる。

晁蓋・柴進・史進は、農村に地主階級だが、闇の副業。
鍛冶屋の雷横、鍛冶屋の湯隆、鄭天寿は銀細工。
李俊と張横が船頭だが、追いはぎになる。王英は荷車ひき。

燕順が博労。石秀は博労からタキギ売り。童威・童猛は、塩の闇商売。阮氏の兄弟は猟師だが、運輸の闇商売。張順は魚屋で、解氏の兄弟は猟師。
張青は寺男、孫二娘の夫婦は追いはぎ酒屋。朱貴・李立も、酒屋で追いはぎ。顧大嫂は居酒屋で、賭場もやる。李忠・薛永は、大道芸で客寄せをする薬屋。

劉唐は職業不明だが、闇商人と付き合う。白勝・石勇はばくち。時遷・段景住は、馬ドロボウ。
魯智深公孫勝は、僧侶と道士。

盧俊義は質屋だが、彼のみ別格。
杜興・呂方・郭盛は、旅あきんど。旅先で商売仲間を殺す。 

◆江湖の心意気

水滸伝』の正義感には、決まり文句がある

「仗義疏財」
義侠心によって財を惜しまない。財は他からもらってくるが、財を余らせているやつは、どうせ後ろ暗いのだから、奪われて当然。

「扶危済困」
危難にあるひとを助けて、困ったひとを救う。

「路見不平、抜刀相助」
通りすがりに弱いもの虐めを見たら、腕尽くで解決する。
武松は第三十回で、天下の無道なやつを懲らしめたいという。
第四十四回で、楊雄が張保を叩きのめすと、戴宗・楊林が応援する

◆江湖の三国志;『三国志平話』

劉備は太守の寝こみを襲い、太行山に「落草」し、「招安」の対象となる
漢臣の鞏固は、董卓に不満をもって山賊となり、通行料をとる
鞏固は、劉備と知ると平伏するが、これは及時雨に対する反応と同じ
袁術の使者を殺す張飛が、劉備には従うのは、李逵と同じ
諸葛亮すら、曹操の使者を斬り殺して、はちゃめちゃにする

ぼくは思う。『水滸伝』の江湖がいかなるものか、三国志に置き換えてもらうと、理解しやすくなった。