水滸伝訓読:第1回(1/3)

幸田露伴の訓読を見ながら、維基文庫の『水滸伝』百二十回本を訓読。
しかし、幸田露伴を丸写ししても仕方がないから、自分が読みやすいように、句読点の位置をかえたり、訓読の仕方を変えたりする。
また、難解な語彙で、幸田露伴が言い換えを提示しているものは、置き換える、、という方針を考えたけど、さすがにそれは変えすぎかと、迷走中。
また、白話ゆえに入っているけれど、訓読に馴染まない文字は、削ってしまおうかと、試行錯誤をしてます。幸田露伴の訓読が、いまいち実用?にたえないと言われるのは、白話ゆえに入っている文字まで、いちいち訓読したという努力が、アダになったというところもあるようだし。もしくは、平仮名に開くとか。
なんにせよ、自分なりに『水滸伝』を書くための準備です。テキスト研究ではありません。原典の情報や、(ぼくが思うところの)持ち味を損ねない範囲で、テキストを改変していくという、実験です。

◆天子が疫病にこまる

大宋の仁宗天子の在位、嘉祐三年の三月三日、五更三點、天子 紫宸殿に駕坐し、百官の朝賀を受く。
殿頭官して喝して道はく、
「事有らば、班を出でて早く奏せよ。事無くんば、簾を捲きて退せよ」と。
只だ見る、班部の叢中より、宰相たる趙哲・参政たる文彦博 班を出でて奏して曰く、
「目今 京師に瘟疫 盛んに行はれ、軍民を傷損すること甚だ多し。伏して望むらくは、陛下 罪を釋〈ゆる〉し恩を寬〈ゆた〉かにし、刑を省き税を薄くせよ。天災を祈禳し、萬民を救濟せよ」と。
天子 奏を聽き、急に翰林院に敕し、即ち詔を草せしめ、一面、赦を天下の罪囚に降し、民間の税賦、悉く皆な赦免す。一面、在京の宮觀・寺院に命じ、好事を修設して災を禳〈はら〉はしむ。

料〈はか〉らざりき、其の年、瘟疫 轉〈うた〉た盛なり。仁宗天子 聞知し、龍體 安からず。復た百官を會して計議せしむ。班部の中に、一大臣有り。班を越へて啓奏せんとす。天子 看る時、乃ち是れ参知政事たる范仲淹なり。起居を拜し、奏して曰く、
「天災 盛んに行はれ、軍民 塗炭〈困苦;書経より〉にして、日夕 生を聊〈やす〉んずる能はず。臣が愚意を以てするに、此の災を禳〈はら〉はんとせば、嗣漢天師に宣して、星夜 朝に臨み、京師の禁院にて、三千六百分の羅天の大祭を修設し、上帝に奏聞して、以て民間の瘟疫を禳ふべし」と。
仁宗天子 奏を准〈ゆる〉し、翰林学士をして詔一通を草せしめ、天子 御筆もて親書し、並びに御香一炷を降し、內外提點殿・前太尉たる洪信をして欽差して天使と為し、江西信州の龍虎山に前往して、嗣漢天師の張真人を宣請し、星夜に來朝して、瘟疫を祈禳せしめんとす。金殿上にて御香を焚起し、親しく丹詔もて洪太尉に付與し、即便〈ただち〉に出発せしむ。

◆洪信が張真人をたずねる

洪信 聖敕を領し、天子に辭別し、詔書を背ひ、御香を盛り、数十人を帶び、鋪馬に上し、一行部從、東京を離れ、路を取りて、逕〈ただ〉ちに信州の貴溪縣に投ず。
洪信 御詔を齎〈もたら〉し擎〈ささ〉げ、一行の人從、路途に上り、止〈た〉だ一日ならずして、江西の信州に到る。大小の官員、郭を出でて迎接す。隨ち人を差〈つか〉はし、龍虎山の上清宮の住持の道衆に報知し、准備して詔に接せしむ。
次の日、衆位官 同〈とも〉に太尉を送り、龍虎山の下に到る。只だ見る、上清官の許多〈あまた〉の道衆、鐘を鳴らし鼓を撃ち、香花燈燭・幢幡寶蓋、一派の仙楽、都〈すべ〉て山を下り、丹詔を迎接するを、直ちに上清宮の前に至りて下馬す。太尉 那〈か〉の宮殿を看る時、まさに上清宮なり。

當下〈そのとき〉上は住持の真人より、下は道童・侍從に及ぶまで、前迎・後引して、接して三清殿の上に至り、詔書を神に請〈そな〉へて、中に居き供養す。洪太尉 便ち監宮の真人に問ひて道ふ、
「天師は今 何處〈いづく〉に在るや」と。
住持の真人 稟〈まを〉して道ふ、
「好く太尉をして知るを得しめん。這〈こ〉の代の祖師は、號して虚靖天師と曰ふ。性は好〈はなは〉だ清高、迎送に倦む。自ら龍虎山の頂にて、一茅庵を結び、真を修め性を養なふ。此に因りて本宮に住せず」と。
太尉道ふ、
「天子の宣詔あり、如何にして見ることを得ん」と。
真人 答へて道ふ、
「稟〈まを〉すを容せ。詔敕は権〈かり〉に供して殿上に在り、貧道ら亦た敢て開読せず。且〈しばら〉く太尉に請ひて、方丈に到り茶を獻じ、再び計議を煩はさん」と。
丹詔もて供養して三清殿の上に在〈お〉き、衆官と与〈とも〉に都て方丈に到る。太尉 居中に坐下し、執事人ら茶を獻じ、就ち齋供を進め、水陸 俱備す。齋 罷む。

太尉 再び真人に問ひて道ふ、
「天師 山頂の庵中に在らば、何ぞ人をして前に出でて下りて相ひ見へ、丹詔を開宣せしめざる」と。
真人 稟して道ふ、
「祖師、山頂に在りと雖も、其の實、道行は非常にして、能く霧に駕し雲を興し、蹤跡 定まらず。貧道ら常に亦た見るを得難し。怎生〈いかんぞ〉人をして請じ得て下來せしめん」と。
太尉道ふ、
「此の似〈ごと〉くんば、如何〈いかん〉ぞ見ゆるを得ん。京師に瘟疫 盛行し、今上の天子 特に下官〈わたし〉をして御書丹詔を齎捧し、親〈みづ〉から龍香を奉じ、天師に請ひ、三千六百分の羅天大祭を做〈な〉して、以て天災を禳ひ、萬民を救濟せんとす。此の似くんば、奈何〈いかん〉」と。
真人 稟して道ふ、
「天子 萬民を救はんとせば、只だ太尉 一點の志誠心を辦じ、齋戒・沐浴し、布衣に更め換へ、從人を帶ぶる休〈な〉く、自ら詔書を背にし、御香を焚焼し、步行して山に上り、禮拜して天師に叩請せば、方〈まさ〉に見るを得るを許さん。如若〈も〉し心 志誠ならずんば、空走 一遭〈ひとまはり〉、亦た見るを得難からん」と。
太尉 聽き、便ち道ふ、
「俺 京師より素を食して〈生臭を食はず〉此に到る。如何〈いかん〉ぞ心 志誠ならざらん。既然〈すでにしかく〉恁地〈かくのこごとく〉ならば、你の說に依著し、明日の絶早に山に上らん」と。
當晚 各自 権〈か〉りに歇〈や〉む。

◆洪信が山頂にのぼる

次日の五更の時分、衆道士 起來し、香湯を備下し、太尉を請じて沐浴せしめ、一身の新鮮なる布衣に換へ、腳下に麻鞋の草履を穿き、素齋を吃らひ、丹詔を取りて、黄羅の包袱もて背〈せお〉ひて脊樑の上に在〈お〉き、手裏に銀手爐を提げ、降降地に〈腰を屈めて〉御香を燒く。許多の道衆人ら、後山に送り、路徑を指與す。真人 又 稟し道ふ、
「太尉 萬民を救はんと要せば、退悔の心を生ずる休〈なk〉れ。只顧〈ひたすら〉志誠にして上れ」と。

太尉 衆人に別れ、口に天尊の寶號を誦し〈「元始天尊元始天尊」と唱え〉、歩みて山に上り、將に半山に至らんとして、望見すれば、大頂 直ちに霄漢を侵し、果して好座の大山なり。

洪太尉 獨自一個〈ひとりで〉、行くこと一回、坡を盤り〈さかをめぐり〉徑を轉り〈こみちをまわり〉、葛を攬り〈かつらをとり〉藤を攀ぢ〈ふぢをよぢ〉、約莫〈およそ〉數個の山頭・三二裏の多路を過ぐ。看看〈みるみる〉腳は酸〈たゆ〉く腿は軟〈な〉え、正に動かず、口には説かざれども、肚には躊躇し、心中に想道〈おもへ〉らく、
「我 朝廷の貴官なり。京師に在る時は、裀〈しとね〉を重ねて臥し、鼎を列〈つら〉ねて食らふも、尚ほ自ら倦怠す。何ぞ草鞋を穿つて、山路を走らん。知る、かの天師 いづくに在りて、下官をして苦を受けしむるや」と。

◆トラに遭遇する

又 行くこと三五十歩に到らず、肩を掇著して、氣は喘〈あへ〉ぐ。只だ見る、山凹より一陣の風 起り、風の過ぐる處、かの松樹の背後において、奔雷にもまた似て吼ゆること一聲。撲地〈ばっと〉一個の弔睛・白額・錦毛の大蟲 跳出す。洪太尉 一驚を喫し、「阿呀」と叫聲し、撲地〈ばっと〉後ろを望みて便ち倒る。儉眼に〈正視せず〉かの大蟲を看る。

かの大蟲 洪太尉を望み、左に盤〈めぐ〉り右に旋〈めぐ〉り、咆哮すること一回、托地〈トッと〉後山の坡下を望み、跳ね去る。洪太尉 倒れて樹根の底下に在り、諕的〈おどろいて〉三十六個の牙歯は、対を捉して〈ついをなして〉廝打つ。かの心頭は、一に十五個の吊桶〈つりおけ〉の 七たび上げて八たび落つるのごとく響き、渾身は重風〈中風〉麻木の如く、両腿は一に闘敗したる公鶏〈雄鳥〉に似たり。口に連聲に苦を叫ぶ。

大蟲 去りて、一盞茶時〈しばらくして〉、方に纔かに爬將して起ち、再び地上の香爐を收拾して、還〈ま〉た龍香を把りて焼き、再び山に上り、務めて天師に見へんとす。

◆ヘビに遭遇する

又 行くこと三五十歩、口に數口の氣を嘆じ、怨みて道ふ、
「皇帝 御限あり。俺を差はして這裏〈ここ〉に来らしめ、我をしてこの驚恐を受けしむ」と。
説 猶ほ未だ了らず、只だ覺得〈おぼえ〉たり、那裏に又 一陣の風あり。毒氣を吹きて直ちに沖將し〈つききて〉來る。太尉 睛〈ひとみ〉を定めて看る時、山邊の竹藤裏、簌簌地〈ざわざわと〉響き、一條の弔桶 大小の雪花〈白い〉に似たる蛇 搶出す。太尉 見て、又 一驚を喫し、手爐を撇てて、叫ぶこと一聲、「我 今番 死せん」と。便ち倒れて盤陀石〈平たい石〉の邊に在り。微かに眼を閃開して〈ちらりと開き〉、かの蛇を看る。

大蛇、逕ちに盤陀石の邊に搶到し、洪太尉に朝〈むか〉ひて、盤して一堆と做る〈とぐろを巻く〉。両隻の眼は金光を迸出し、巨口を張開し、舌頭を吐出し、かの毒氣を噴きて洪太尉の臉上〈顔の上〉に在り。驚きて、太尉の三魂は蕩蕩たり、七魄は悠悠たり。かの蛇 洪太尉を看ること一回、山下を望みて一溜し〈ずるずる行き〉、早く見へず。
太尉 方纔〈まさ〉に爬得して起ち、説きて道ふ、
「慚愧〈よかった〉、下官を驚殺す」と。
身上を看る時、寒慄子〈とりはだ〉は兒の大小に比せり。口にかの道士を罵る。
「耐へ叵〈がた〉き無禮なり。下官を戲弄し、俺をしてかの驚恐を受けしむ。若し山上に天師をい尋ねて見えずんば、下りて他〈かれ〉と別に話説する有らん」と。