水滸伝訓読:第110回(4/5)

◆燕青の入城に、李逵がついてくる

宋江・諸將、此より後、無事、また入城せず。
上元節に至る。東京の年例、大いに燈火を張り、元宵を慶賞す。諸路 盡く燈火を做し、各衙門に於いて點放す。
宋江の營內の「浪子」燕青、自ら樂和と商議す、
「今 東京 花燈・火戲を點放し、豐年を慶賞す。今上の天子、民と樂を同じうす。我 両個 更に些の衣服を換へ、潛かに入城し、看て便ち回らん」
只だ見る人有りて説く、
「你ら燈を看る、また我を帶挈せよ」
燕青 看るに、「黑旋風」李逵なり。
李逵道ふ、
「你ら我を瞞きて、燈を看ることを商量す。我は已に聽くこと多時なり」
燕青道ふ、
「你と去くは打緊ならず。只だ你の性子 好からざるにより、必ず事を惹き出さんとす。現今、省院 榜を出し、我らを禁治し、入城するを許さず。倘し若いは你と入城して燈を看て、事端を惹き出さば、正に省院の計に中る」
李逵道ふ、
「我 今 再び事を惹かず。都て你に依りて行はん」
燕青道ふ、
「明日 衣巾を換へて、都て打扮して客人と做り、相ひ似せて、你と入城せん」
李逵 大喜す。

李逵三国志に声援を送る

次日、都て打扮して客人と做りて伺候し、〈李逵は〉燕青とともに入城す。期せず、樂和は李逵を懼れ、潛かに時遷とともに先に入城す。燕青 灑脱して開かず、只だ得たり、李逵と入城して燈を看るを。敢へて陳橋門より入らず、大寬轉して、卻りて封丘門より入城す。両個の手 廝ひ挽き〈あひひき〉、正に桑家の瓦に投ず。
瓦子の前に到り、聽きえたり、勾欄內に鑼の響くを。李逵 定めて入らんとす。燕青 只得〈ぜひなく〉他とともに人叢裏に挨在して、上面に平話を説くを聽く。正に三國志を説きて、関雲長 骨を刮りて毒を療するに到る。當時 雲長有り、左臂 箭に中り、箭の毒 骨に入る。醫人の華陀道ふ、
「若し此の疾毒を消さんとせば、一銅柱を立てて、上に鐵環を置き、臂膊をもって穿將し、索〈なは〉を用ひて拴牢し、皮肉を割開し、骨を去ること三分、箭毒を除卻し、卻りて油線を用ひて縫攏し、外に敷藥を用ひて貼り、内に長托の劑を用ふ可し。半月に過ぎず、以て平復すること初の如くなる可し。此に因りて極めて治療し難し」
関公 大笑して道ふ、
「大丈夫 死生だも懼れず、何ぞ況んや隻手をや。銅柱・鐵環を用ひず、只だ此れ便ち割け。何ぞ妨げんや」と。
隨ちに棋盤を叫取して、客と弈棋し、左臂を伸起し、華陀に命じて骨を刮し毒を取らしむ。面 色を改めず、客と談笑すること自若たり。

正に説きて、ここに到る。李逵 人叢中に在り、高く叫んで道ふ、
「こは正に好男子なり」と。
衆人 失驚して、都て李逵を看る。燕青 慌忙に攔〈さへぎ〉り道ふ、
「李大哥、你 いかんぞ好村〈田舎者〉なる。勾欄・瓦舍、如何ぞ大驚・小怪 かように叫ぶことを使ひ得ん」
李逵道ふ、
「説いてここに到る、人の喝采に由〈まか〉せざらんや」
燕青 李逵を拖して便ち走る。両個〈燕青と李逵〉桑家瓦を離れ、串道に轉過す。

◆江南への出兵を耳にする

只だ見る、一個の漢子、磚を飛して瓦を擲ち、去りて一戸の人家を打つ。かの人家道ふ、
「清平たる世界、蕩蕩たる乾坤、散ずること二たび、肯へて銭を還さず、顛倒して我が屋裏を打するや」
「黑旋風」聽き、路に不平を見て、便ち去きて打たんとす。燕青 務めて死抱住す。李逵 双眼を睜し、他と廝打せんとするの意思あり。かの漢子 便ち道ふ、
「俺 自ら他と帳有りて銭を討〈もと〉む、你は甚事〈なにごと〉にか干〈あずか〉らん。即日、張招討に跟いて江南に下りて出征せんとす。你 我を惹くなかれ。いづくに到るもまた是れ死、打せんとせば便ち你と、あひ打して、死してここに在らん。また一口の好棺材を得ん」

李逵道ふ、
「卻りて是れなにの江南に下ると。曾て兵を點じ將を調するを聽かず」
燕青 且つ鬧〈だう〉を勸開し、両個 あひ挽きて、串道に轉出し、小巷を離るるに、見る、一個の小小なる茶肆あるを。両個 裏面に入り、一副の座頭を尋ね、坐して茶を喫す。對席に一個の老者有り、便ち會茶〈一緒に茶を飲むこと〉を請ひて、閒口して閒話を論ず。
燕青道ふ、
「請ひ問ふ、老丈。いま巷口に一個の軍漢 あひ打つ。他 道ふに、張招討に跟いて江南に下り、早晩 出征せんとすと。請ひ問ふ。端的にいづこに出征するや」
かの老人道ふ、
「客人 原来 知らざるや。今 江南の草寇たる方臘 反き、八州二十五県を占め、睦州より起りて、直ちに潤州に至り、自ら号して一國と為し、早晩 揚州を打たんとす。此に因り朝廷 已に張招討・劉都督を差はし、勦捕せしむ」

◆方臘の討伐に行きたがる

燕青・李逵 この話を聽き、慌忙として茶錢を還し、小巷を離れ、逕ちに城を奔り出で、回りて營中に到る。来りて軍師の呉用に見え、此の事を報知す。吳用 説ふを見て、心中 大いに喜び、宋先鋒に説知す、
「江南の方臘 反を造し、朝廷 已に張招討を遣りて兵を領せしむ」
宋江 聽き了はりて道ふ、
「我ら諸將・軍馬、閒居して此に在り、甚だ宜しからず。若かず、人をして宿太尉に告知し、其をして天子前に保奏せしめ、我ら情願 兵を起して、征進せんには」と。
時に諸將を會集して商議す、盡く皆 歡喜す。

次日、宋江 些の衣服を換へ、燕青を帶領し、自ら此の一事を說かんと、逕ちに城中に入り、直ちに太尉の府前に至りて下馬す。正に太尉の府に在るに值ふ、人をして傳報せしむ。
太尉 聞知し、忙はしく請進せしむ。
宋江 堂上に到り、再拜・起居す。宿太尉道ふ、
「將軍 何事ぞ、衣を更へて来るは」
宋江 稟して道ふ、
「近ごろ省院 榜を出し、但だ凡そ出征の官軍、呼喚に奉ずるに非ざれば、敢へて擅ままに自ら入城せずとするに因り、今日、小將 私歩して此に至り、恩相に上告す。聽くに、江南の方臘 造反し、州郡を占拠し、擅ままに年號を改め、侵して潤州に至り、早晚 江を渡りて、揚州を打たんとす。宋江ら人馬 久しく此に在りて、屯札 宜しからず。某らの情願 兵馬を部領して、前みて征勦し、忠を盡して國に報ぜん。望むらくは恩相、天子の前にて題奏せよ」
宿太尉 聽きて大喜して道ふ、
「將軍の言、正に吾が意に合ふ。下官 當に一力を以て保奏すべし。將軍 請ふ、回れ、來早 宿某 本を具して奏聞せば、天子 必ず當に重用すべし」
宋江 太尉に辭して、自ら營寨に回り、衆兄弟に説知す。